蜂蜜果蜜
□蜜十五滴
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「桜チャーン、夜ご飯食べに行こうやァー」
『あー…今晩はちょっと用事が』
「ほォー、八日続けて用事かァ〜そら残念やなァ〜」
『そーなんですよぉ〜。それじゃあお疲れさまでした〜「ちょい待ちィ」
ガシッ
…やっぱり一筋縄じゃいかないか。
執務室を出ようとしたら平子隊長につかまれた。
「おかしいやろ八日続けてて。残業もないのに毎晩何しとんのや。如何わしいことしてんのとちゃうやろな?」
『何ですか。如何わしいことって』
「それりゃー如何わしいこと言うたら大人の夜の営みしかないやろ」
『失せろ発情期野郎』
「そんじゃあ夜の運動会」
『言い方かえたって同じだ』
「文句の多いやっちゃなァ。で、どうなんや?やっぱそうか?」
『興味津々に聞いてこないでください。大体隊長に関係ないでしょ』
「関係大有りや。何で俺の桜チャン他の奴にやらなアカンねん。許さんで」
『私はその発想を許しません』
いつから私はお前の所有物になったんだ。いい加減にしねーとその平たい顔踏み潰すぞ。
私は掴まれていた腕を振りほどいて襖を開けた。
『総悟の始末書片付けてるだけですよ。それじゃあお疲れ様でしたー』
私は強制的に会話を終了させ、執務室をあとにした。
パタンッ…
「…アレ絶対隠し事しとるな」
はい、絶賛隠し事中の桜です。そんな私は今何をしているかというと…
『お帰りなさいませご主人様〜』
メイドさんになっていました。
ちょ…待て。逃げるな読者の諸君。これには深いわけが…深いわけがあってだな…けっっっっっっして!こんな趣味がある訳じゃない。そもそも今私が“ご注文が決まったらお呼びください♡”とか言っちゃってんのは頼まれ事を引き受けたせいで…
九日前、私は五番隊の吉田さんにある頼まれ事をされた。それは“友達を守ってほしい”とのことだった。
吉田さんの友達のクルミさんは和風メイド喫茶で働いていて、ここ数日あるお客さんに異常に体をベタベタ触られていて困っているそうだ。それは段々エスカレートしてきて、自分じゃどうにもできないから助けてほしいらしいと護廷十三隊に所属していて友達の吉田さんに相談して来たらしい。でも吉田さんは自分の力じゃ守りきれる自信がないと言って私に頼んできたのだ。
所謂用心棒だ。
まぁ…断るわけにもいかないし、こーゆー仕事は向こうでちょいちょいやってたから別にいいけど…
平子隊長怪しんでたなー…すっげぇ突っかかって来たなー…あの人に隠し事とか無茶だったか…
「サクラちゃあ〜ん!僕に萌え萌えオムライスひとつちょうだ〜ぃ」
チッ…何が萌え萌えオムライスだ。お前を燃やしてやろーか。
私はそう思いつつ無理矢理笑顔を作った。
『は〜い、かしこまりましたご主人様!少々お待ちくださいね』
誰がご主人様だっつーの。ただのメイドオタクじゃねーかよ。
私はヘドが出るのをおさえながら厨房へ向かった。
『キモキモオムライスひとつ入りましたー』
「月ノ瀬…気持ちはわかるけど萌え萌えオムライスだから」
『じゃあ燃え燃えオムライスで』
「それ別な意味で燃えてるから…すぐできるから待ってて」
『はいよー』
私はそう返事してカウンターに寄っ掛かった。そして一息ついてるとホールから店長がやってきた。
「桜ちゃーん!お疲れ様っ!!」
『お疲れさまでーす』
この元気がよくて可愛いショートボブの人はこのお店の店長さん。若く見えるが歳はけっこーいってるらしい。
「ごめんなさいねぇこんなことさせて。死神のお仕事もあるのに…疲れてるでしょ?」
『どちらかと言うと精神的に疲れてます。病みそうです』
「あっははー!まぁそうよねぇ。なれないとこの仕事は辛いからね〜」
はい。まるで調子に乗った平子隊長を相手にしてるようでとても辛いです。心が崩壊寸前です。
「だだの用心棒なのにこんなことさせて悪いわねぇ。でもメイドじゃないと四六時中護衛できないでしょう?」
『まぁ…そうですけど…』
「それに桜ちゃん、お客様からとても人気あるのよ?うち眼鏡っ娘いなかったから余計にね〜」
『眼鏡っ娘って…』
そう…私は今眼鏡をかけているのです。それに付け加えツインテールよツインテール。全然私のキャラじゃない。メイド服の裾は短いし露出は多いし……もう自分を見失いそうだ。
こんな格好してるとこ隊長達なんかに見られたら……………私の人生終わる。
「あら〜そんな顔しないで!ちゃんと似合ってるから大丈夫よ?」
『そーゆー問題じゃないんですけど』
「あ!そう言えばさっきあなたに指名あったわよ!オムライス運んじゃったら三番テーブルね。よろしく頼むわよサクラちゃん?」
あれ…?この人さっき、こんなことさせて悪いわねとか言ってなかったっけ?その言葉はどこにいった。結局フルにつかってんじゃねーかよ。
『……あの…せめてツインテールほどいても「た・の・ん・だ・わ・よ?」はい…』
笑顔のまま人に有無を言わせない…卯ノ花隊長タイプだ……
店長は私の気持ちなどガン無視でスキップをしながらホールへ戻っていった。すると何かを思い出したようにクルッと振り返った。
「あと言い忘れてた!…やっぱりクルミちゃんがシフト入ってない時はあのお客様来ないみたい」
『あー…やっぱそうですか。報告どうもです』
「はいは〜い」
私は店長がホールへ消えていくのを見届けると、私はその場で腕組をした。
やっぱクルミさんいないと来ないのか。どんだけ好きなんだよ…ったく…クルミさんがいないと来ないってことは完全にクルミさんのシフトを把握してるっつーことだよな?
でもこの店のシフト表ってメイドさんたちの控え室にしか貼ってないんだよね……どっから情報得てんだか。まぁ普通に考えて盗み見たか内通者がいるっつーことだな。
でも店長がこの前“うちのメイドは全員私とオーナーが見込んで雇った子達だから内通者なんていないわ!みんな良い子だし!!”って言ってたからなぁ。まぁ私も短い間だけど、一緒に仕事してて怪しい人なんていなかったし。むしろ皆さんめっちゃ良い人だし。
だとすると…盗み見た?でもこの店意外と戸締まりしっかりしてるしな。それに控え室に行くには厨房の前を通んなきゃなんないし。
『だぁー…わっかんなー』
こーゆー頭使う仕事向いてないんだよ。私はどっちかっつーと総悟タイプで刀ぶん回す方が得意なんだから。…引き受けたからにはしっかりやらせてもらいますけど。
「そこの腕組メイドー。オムライスできたぞー」
『腕組メイド言わないでください』
「言われたくなかったら早く運んでくれや」
どいつもこいつも…人使い荒っ
ドサッ!
『し…死ぬ……』
私は倒れるように布団へダイブした。
もう無理…何がご主人様さまだ。何が萌え萌えジャンケンだ。何がメイドさんと写真だ。んなもんドブにでも捨てちまえ。
『あ゛ー……疲れた…』
ゴロンッ
私はゴロンと転がって仰向けになった。そしてチラッと横を見て時計を確認した。時刻は午前1時。
結局12時までやってきたけど…現れなかったなー……はぁ………昼間は書類仕事に虚退治。そして夜はメイド喫茶でバイト。働きすぎだろ、私。
『あ……そーいや…執務室に書類忘れてきた…』
もぉ…いっか………いや、駄目だな。
私は動かしたくない体を嫌々起こした。
仕事はちゃんとやんなくちゃ……溜め込んだりなんかしたら………マジで働きすぎで死ぬ。
私はそう思いながら立ち上がり執務室へ向かった。今の季節は秋終わりで、それプラス私は風呂上がりで着流し一枚。
…寒いです。早く行って戻んなきゃ凍える。
そして私は歩くペースをあげた。すると執務室の手前にある縁側に人影が見えた。
あの長髪は…
私はその人影に近づいていった。
あ、やっぱり。
「随分遅い帰りやなー不良娘ェ」
『…不良じゃないですー』
予想した通りやはり平子隊長だった。隊長は私の顔を見るなり怒った顔をした。そして自分が座っている隣をトントンと叩いた。
座れってことか…
私は大人しく隊長の隣に座った。
「こんな時間まで何してたんや。もう1時まわってんやぞ」
『自分だって起きてんじゃないですか』
「俺はええねん、大人やから」
『ガキみたいな性格してるくせに…』
「オイ、聞こえてるで。それとも頭グリグリしてほしーんか?」
『遠慮しときます』
右手を構える隊長に丁重に断った。私が遠慮すると言うとつまんなそうに手を引っ込めた。
ナデナデはまだしも…グリグリは結構痛いんだよ。あんた意外と力強いし。そんなことやられたら身長縮むっつーの。これ以上小さくなったらシャレんなんない。
そんなことを考えながら月を眺めていると、横からいつも以上に低い声が聞こえた。横を向いてみると珍しく隊長が真面目な顔をしていた。
「別に桜チャンももう子供やないし行動を制限するつもりもあらへんけどな、女の子なんやぞ?桜チャン。こない夜おそーなるまでフラフラしとって何かあってからじゃ遅いんや。今回のお前の行動に皆心配してんねんぞ?俺かてそうや。そこんとこもう一度よォ考えやァ」
…普段は何も考えてなさそうな顔してるくせに…こういう時ばっかマジで言ってくんの本当にズルいよね……そーゆーとこ苦手。
『ごめんなさい…です』
「もうしないな?」
『…しません』
多分。
「おし、約束やぞ。破ったら勲サンから桜チャンの恥ずかしい過去話教えてもろて皆に言いふら『絶対しません』反応早ないか?」
『普通です』
近藤さんなら…絶対やる。絶対全部喋る。初めて平子隊長と話したときみたいにマシンガントークで喋り続ける。それだけは断固阻止せねば。…つーかこれ脅しじゃん……
「ほんなら喋ってもらおうかのー。一体何コソコソしとんのか」
そう言う隊長は勝ち誇った目をしていた。
…腹立つ顔してんなー。ひよ里が蹴り飛ばしたくなる気持ちも分かるわ。
私はそんな隊長の顔を見て冷たくあしらった。
『それは駄目です』
「はァ?」
『それとこれとは話が別です』
「別やないやろが!やっぱ俺に言えないことしとんのか?しとんのか?」
そう言いながら顔を近づけてくる隊長。
ウザ…
『だから隊長が考えてるようなことはしてないですってば』
「なら何で言えへんねん」
『それはー…まぁ守秘義務ってやつですよ』
「守秘義務ゥ?」
そう、守秘義務。ここでは私は警察じゃないけど…こーゆーことは依頼主がOK出さないと言っちゃいけないもんでしょ。私だったら他の人にバレたくないし。
「守秘義務て…向こうの仕事か?」
『いや違いますよ。今回は私単独の行動なんで真選組は全くの無関係です』
「…お前一体何をやらかそうとしてんや?」
『やらかすって失礼な…別に危ないことじゃないですよ』
ちょっとオタク野郎をサンドバッグにするだけだ。ぜーんぜん危ないことじゃない。むしろストレス解消に繋がる。
『ですから皆にもそう伝えといてください。隊長も心配しないでくださいよ。夜遅くなるときは言いますから』
「余計心配するわ。勲サ〜ン、アンタの娘不良になってしもたわ〜俺どないしよォ〜」
『だから娘じゃないっつの……じゃ、そーゆーことで、そろそろ戻りますね。隊長もさっさと戻らないと顔が冷えて余計アホ面になりますよ?』
「大きなお世話じゃ…何かあったらすぐ言うんやぞ」
『…あんたは私の父親か』
「お兄ちゃんでもええで?」
『バカ兄貴はもう足りてる。…それじゃあ、お休みなさい』
私はそう言いながら立ち上がり部屋がある方へ戻った。
あ、ヤベ。書類取るの忘れてきた。……明日藍染さんにやってもらお。
そんな悠長なことを考えていた私の後ろでは、一人の男が口角を上げて笑っていた。
「桜チャン…俺に隠し事できると思とんのか?そりゃー大間違いやで」