幻想絡繰學藝團〜ゲンソウカラクリガクゲイダン〜
□第七章:開幕、世界大会
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スチームカーレース学生世界大会当日がついにやって来た。
何とも言えないお祭りムードが高まる中、大和代表である和芸学院自動車部の面々も、既に会場入りを果たしていた。
「すっごいわねぇ……」
開会式を目前に控えて、百合子は既に人でざわついている現場を見渡して、思わずそう呟いた。
そんなパートナーの様子に気づいて、敬介が振り向く。
「おい、よそ見ばっかしてんなよ。
ほら、お前の分だぞ。翻訳機」
「あ、ごめん」
今しがた受付から支給された小さな機械を、敬介は百合子に渡す。
軽く礼を言いながら、百合子はそれを受け取った。
「さっさと戻るぞ、あんま待たせると春代がまたうるさいからな」
「そうね」
敬介に言われて、百合子は納得したように笑いながらそう答える。
受け付けの周りは、他にも多くの関係者で混雑している。
邪魔にならないようにと、代表の二人だけで翻訳機を受け取りに来た彼等は、仲間達から文句が出ないうちにと、その場所へ戻った。
「先輩達ー!!」
会場のざわめきの中から、聞き慣れた声が二人の耳に入る。
声の方に目線をやると、春代がトレードマークの三つ編みをひょこひょこ揺らして手を振っていた。
その後ろには佳鶴と純一も居る。
「翻訳機、貰って来ましたか?」
「うん。ほら、これよ」
興味津々に訊ねて来る春代に、百合子は今支給されたばかりの翻訳機を見せる。
「うわあぁ〜! 凄い凄い〜!! 春代、前からこれ付けてみたかったんです〜!」
「借り物なんだからな、壊すなよ」
「はい!」
猛烈に喜ぶ春代に、敬介は子供をたしなめるように言い聞かせる。
そんないつものやり取りをしつつも、次第に騒がしさを増して行く周囲に目をやった。
「……だんだんさっきよりも人が増えて来たな」
元々騒々しいのがあまり得意ではない敬介は、少し面倒くさそうにそう言う。
「各国代表の方々が、そろそろ集まって来ていますからね」
「ねぇ! 春代達も見に行きましょうよ! 気になる人いっぱい居るんです!」
敬介の様子にやや苦笑しながら答える佳鶴と反対に、春代が子供のようにはしゃいだ声で催促する。
自分達も一応出場チームなのだがと思いつつも、敬介は賑やかな声のする方に目をやった。
各国からやって来た学生のチームやその応援が、それぞれに集まっている。
色も趣も様々な制服が一同に会した空間は、さながら万国博覧会のようでもあった。
「さすがに華やかだなぁ〜……うわっ! 敬介見て見て! あそこに居るあの女の子!めっちゃくちゃ可愛いよ! 革手袋してるけど、選手かなぁ!? ほら見て!!」
「だーっ! 引っ張るな!! それより、そろそろこれ付けといた方がいいぞ」
集まった各国選手団の中に大変な美少女を見つけて大興奮する純一に呆れつつ、敬介は仲間達に翻訳機の装着を促す。
敬介からよこされたイヤホンのような機械を受け取ると、全員それを耳に付けた。
「でも、助かったわ。 出場選手には自動翻訳機が支給されて。
大会の間どうしようって、結構本気で心配してたのよ」
耳に着けた翻訳機がズレていないかを確認しながら、百合子はどこかほっとしたように言った。
「最近じゃ翻訳機も随分と普及したからな。精度もどんどん上がって来てるし。
……っと、これで良いかな」
敬介も喋りながら支給された翻訳機を装着する。
絡繰技術の進化は、様々な言語を読み取って自動的に翻訳してくれる絡繰も生んだ。そして、近年その性能はどんどん上がっている。
とはいえ、敬介達のような学生が簡単に手を出せる程安い代物では無いし、そもそも学生の翻訳機の使用は禁止されている。
これは学ぶ事の大切さを考慮した、世界全体での規則だ。
スポーツ等の国際的な大会の場合のみ例外で、その場合はこうして協会側から期間中だけ、選手やサポートチームに貸し出されるのである。
翻訳機がきちんと装着出来たのを確認してから、二人はスイッチを入れる。
『これで良いのかしら? 敬介、試しにブリテン語で何か言ってみて』
『俺もこれでお前のはちゃめちゃな言動の通訳させられずに済んで、ほっとするよ』
『何よ、それ!』
しっかりとわかるように翻訳された敬介の皮肉に、百合子は瞬時にカッとなる。
抗議ついでにいつも通り腕を振り上げようとした時、ふいに百合子の耳に翻訳機を通して別の誰かの言葉が飛び込んで来た。
『僕としてはちょっと残念かな。 あんなに面白い通訳は他じゃなかなか出来ないからね』
突然掛かったその言葉に、大和チームの面々は一斉に振り向く。
その先には、端正な顔立ちに笑みを浮かべた黒髪の少年と、ツンとはね上がった眉と目付きの少女が立っていた。
『カルロス!? ベリンダも!!』
『やぁ、久しぶりだね』
驚く百合子とは対照的に、カルロスは相変わらず柔和な笑みを浮かべて、改めて挨拶する。
その隣から、ベリンダも以前と変わらない高圧的な微笑を浮かべて口を開いた。
『何とかここまで上がって来れたようね。 最初に代表の名前見た時は何かの間違いかと思ったけど』
ベリンダが喋った言葉も、翻訳機はきっちりと大和語に直して百合子に伝える。
それを聞いた百合子の眉間に、春のあの日と同じ青筋が一本浮かんだ。
『うっさいわね! 来なかったらまた銃奪いに来るって脅したのアンタでしょ!?』
『あら? それなら感謝の一つもして貰わなくっちゃね。 お礼くらいは受け取ってあげても良いわよ』
『誰がするもんかあああぁーーっ!!!』
翻訳機を手に入れて不自由無く会話が出来るようになって五分とせずに、百合子は早速ベリンダとの口喧嘩を勃発させる。
既に周囲の人々の視線がチラチラと彼女達に降り掛かり、その隣に居る敬介は気恥ずかしさを我慢しなければならなかった。
しかし、同じ状況に立たされているはずのカルロスはというと、面白がっているだけで別段堪えている様子は無い、お互いに何処を取っても相変わらずだった。
『はぁ……いきなりこれかよ……』
止まる様子の無い女子二人を前に、敬介は距離を置きたい気持ちをかき立てられる。
そんな敬介を見て、カルロスはクスクスと笑いだした。
『相変わらず苦労性みたいだね、君は』
『そういうお前は相変わらず止める気ねぇんだろ』
『僕は面白い物は素直に楽しむ、そして無駄な労力は使わない主義だからね』
『なるほど……堅実な物の考え方だ』
爽やかな笑顔でさらりと宣言するカルロスに、敬介は若干イラッとしながらそう言い返す。
そんな敬介の睨みと、いまだ止む様子のないパートナー達の口喧嘩にも構う事なく、カルロスはひとしきり笑う。
そして笑い終えた後、少し拗ねた雰囲気をまとっている敬介の気を取り直させるように別の話題を提供した。
『ところで、君達はもう試合の順番とかは確認したのかい?』
その一言は敬介をしょうもないやり取りの余韻から引き抜くのに十分だった。
『いや、まだこれからだ。 お前らはもう見たのか?』
『まぁね』
敬介が訊ねると、カルロスは不自然な程にこやかに微笑む。
それは明らかに『何かあります』というような笑い方だった。
『な、なんだよ……その嫌な笑い方は』
カルロスの含みたっぷりの笑顔に、敬介は思わず身構える。
敬介の反応を十分堪能してから、カルロスは謎の笑いの理由を口にした。
『僕ら、第二戦で当たるかもしれないよ』
それ程大きな声でもなかったのに、カルロスの発言は敬介の耳にはもちろん、何故か後ろで大騒ぎしていた百合子の耳にも届いたようだ。
敬介が驚くよりも先に、彼女の驚愕の声が上がった。
『え……ええぇっ!!?』
百合子に驚きのリアクションを奪われた敬介は、今聞いた内容よりもむしろ、この会話が聞こえていた百合子の地獄耳とその反応に驚いた。
普段ちっとも人の話が聞こえていないのに、何故今の一言は聞こえたのか。
その耳の構造を本気で気にする敬介には構わず、百合子はカルロスに訊き直す。
『カルロス! それ本当なの!?』
『もちろん、嘘を吐いたって仕方ないしね』
そう言いながら、カルロスは大会のプログラムを百合子に見せる。
敬介と百合子は揃ってそれに目を通した。
そこに書かれていた試合の順番を見て、二人は更に驚きの声を上げた。
『ち、ちょっと! 敬介……! 』
『あぁ……』
トーナメント式の表には、それぞれの国名が並んでいる。
大和の初戦の相手として隣に名が記載されているのはスオミだった。
そう、前日の昼間に街中で偶然遭遇したあの二人。ヘンリッキ・カヤンとセイヤ・ヴァルトネンである。
『あの子達が初戦の相手……』
昨日出会った少年少女の姿を脳裏に浮かべて、百合子は呟く。
大和代表コンビの反応が普通の物ではないのに気付いて、カルロスは不思議そうに訊ねた。
『何? 君達、スオミの代表にもう会ったの?』
『うん、ちょっと色々あってね……』
そうして、百合子はカルロスとベリンダに昨日の事を簡単に説明した。
自分が迷子になっていたセイヤと偶然出会った事、敬介がセイヤを探しているヘンリッキに声を掛けられた事、最終的に双方が廻り合い、その時ようやくお互いが誰なのかを知った事を。
『へぇ…それはまた、なかなか面白い出会いを果たしたもんだねぇ』
経緯を聞き終えて、カルロスは興味深そうに頷く。その顔には『是非その場で見てみたかった』と大々的に書かれている。
それに気付いたのか、ベリンダが呆れ気味に口を挟んだ。
『何のんきな事言ってるのよ。まったく』
『あはは、ごめんごめん』
ベリンダに軽く睨まれて、カルロスは適当に謝る。
のんきさがまったく改善されないその態度に、これ以上は言うだけ無駄だと思ったのか、ベリンダはカルロスから視線を外して、代わりに百合子と敬介の二人に向けた。
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