幻想絡繰學藝團〜ゲンソウカラクリガクゲイダン〜

□第六章:嵐の前の騒動
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秋も深まって来た帝都。

春は柔らかい薄紅色に彩られる桜並木も、今はすっかり木の葉が紅く色づいている。
そして、それも風に吹かれてはらはらと散り落ちて行く季節となった。

静かで奥ゆかしい大和の秋。

そんな木の葉の散り行く美しい並木通りに面した学院の片隅から、今日はいつにも増して明るい声が響き渡って来た。

「うっわぁー!! 凄いです先輩達! あのオンボロが見違えるみたいー!」

一際大きな歓喜の声の主は自動車部一年生の谷本春代。

喜びはしゃぎ回る春代の前には、シートの破れや傷がすっかり綺麗になった古い蒸気自動車、スターチェイサーがあった。
それを見つめながら、この車の一番の乗り手である敬介も感慨深げに言う。

「俺もまさかこんなに綺麗に修復出来るとは思わなかったよ。 佳鶴、本当に良く掛け合ってくれたな」

「えぇ、お祖父様にお話したら知り合いの工場や伝でスターチェイサーに合う部品や塗料を探してくださいまして。
大和国の代表なのだから世界の目に触れるのに恥ずかしくないよう、きちんとなりを整えなさいと……。
私もお役に立てたようで嬉しいですわ」

佳鶴も普段より一層晴れ晴れとした表情で笑う。
雲一つない晩秋の晴れ空の下に、ついこの間まで粗大ゴミ同然だった旧式自動車は、今は新しい塗装によって輝かしく映えていた。

「これで世界大会もバッチリだね! あと、もう一ヶ月あまりかぁ……」

生まれ変わったスターチェイサーを前にして、純一もそう口にした。
反応はそれぞれだが、皆喜びの中に思い描いているのは世界大会への事だった。

「本当ね。 もう少しだわ……」

長い髪を冷たくなった風になびかせて、百合子も他の仲間達と共に試合で身を預ける第三の相棒を眺める。
ちなみに第一の相棒はパートナードライバーである敬介で、第二の相棒は彼女にとって生涯の宝でもある銃、オリエンタルスワローだ。

「これで今まで以上に練習にも臨めるわね! さぁ皆、早速やるわよ!」

世界大会への実感がより高まったのだろう、百合子は部員達を促すように一際ハリのある声を出す。
しかし、それを敬介が制した。

「それも良いが……大会に向けて準備するなら、もう一つあるぞ」

「え? 何よ、いきなり」

百合子が振り返って不思議そうな視線を送ると、敬介は手にしていた書類の束を部員達の前に出した。

「一ヶ月後の大会に出場する各国選手の情報だ。
俺達が練習してる間、春代に頼んで作って来て貰ったんだ」

端に紐を通して留めた書類を手に、敬介は微笑む。
その隣ではすっかり情報収集担当となった春代がブイサインを出している。

「成る程! 大会の前に試合で当たるかもしれない人達の事を知っておこうって事だね!」

「そういう事」

納得して顔を輝かせる純一に、敬介は頷いた。
それから、いつも使っているジュース瓶ケースや木箱の椅子テーブルに場所を移す。

「まず、今年の大会に出場する国だ。
今年出るのはブリテン、ルーシ、大華、イスパニア、インディア、スオミ、メリケン、そして俺達大和の計八ヵ国」

敬介がそう言うと、百合子は何かに気付いたように声を上げた。

「イスパニア……それってひょっとして」

「あぁ、カルロス・アンソラとベリンダ・ヒメネスだよ」

それを聞いた瞬間、百合子の表情に、純一や佳鶴、春代の顔にも一気に笑みが宿った。

「じゃあ、あの二人も選抜を抜けたのね! 良かったぁ……」

「アイツ等に関しては俺等が心配する必要はまったく無かったな。今年もかなりの好成績で選ばれたらしい。
むしろ俺達の方が心配事だらけだ。イスパニアは強敵だし、他の国も強豪揃いみたいだからな」

そう言いつつ、敬介は卓に載せた書類を捲った。

「今年出場する大和を除いた七ヵ国のうち五国は大会の常連。その中でもイスパニアとメリケンは前回と同じメンツだ。
ルーシとブリテン、インディアは前年度も出場したが、ここは選手が入れ換わっているらしい。
大華は数年ぶりの参加、スオミは今年初出場の国だ」

敬介は真剣に聞き入る部員達の様子を見ながら、広げた書類の上に人差し指を置きながら更に話を続けた。

「まずは常連組から。 イスパニアはさっきも言った通り、俺達もよく知ってるあの二人組だな。
予選成績は去年の物より上がってるらしい。 気合い入れて来てるみたいだ。
同じく常連国のメリケン代表、ダニエル・ホッパーとジャネット・クーガンは前年度の優勝ペア。
射撃担当のクーガンは両親共にスチームカーレースのプロスナイパーで、幼少期から射撃大会で実績を積んでる大物だ」

敬介が資料の文面を指でなぞりながら言うと、純一が声を上げた。

「あ、ジャネット・クーガンは俺も知ってる! 」

「彼女は現在最も名の知れた学生選手だからな。 これまでに参加した大会の数も学生選手の中じゃケタ違いに多いし、本国じゃ企業のイメージモデルなんかも務めてるらしい」

「まぁ……本当にケタ違いですわねぇ……」

ジャネット・クーガンの華々しい経歴を耳にした佳鶴は、目をぱちくりと開けて資料を見直した。
そんな佳鶴の隣で、百合子は少し声を荒げた。

「場数踏んでるのはともかく、親やら企業モデルやらなんて関係ないわよ! 敬介、次」

関係無いというわりには、その言動は何かムキになっているように聞こえる。
しかし、敬介はそれは口にはせずに次へ移った。

「次に、選手が交代したところ。
インディアとルーシは共にスナイパーはそのままに、ドライバーが交代している。
インディアはスナイパーが前年度大会経験者。前のドライバーが卒業したからペアを組み直したみたいだ。

ルーシのミハイル・ジェベレフは結構な実績の持ち主だが、パートナーのクセーニヤ・イグルノヴァはこの大会が初めてらしいな。
今イグルノヴァについてわかってるのは女のドライバーって事だけだ」

敬介は書類を次々と簡単に読み上げて行く。

「大華は昔はよく大会に出てたらしいんだが、最近はあまり強いって話は聞かれていない。
代表の二人もこれまでに国内で活躍したって話は無いな。だが、その分わからない事が多い。油断は禁物だ。
そして今回初出場のスオミだが……」

書類に記された各国選手の簡単なデータを読み上げていた敬介だったが、ここで不意に言葉を切った。

「これ見てみろ。スオミ代表のペアが予選大会で出した成績だ」

敬介に言われて、部員達は渡された一枚の書類を見た。
やがて百合子の口から驚愕の声が上がった。

「うそ……何これ! この人パーフェクトショット連続で撃ってるわ!」

「あぁ、俺もこれ見た時驚いたよ。連続パーフェクト……つまり立て続けにど真ん中ぶち抜きなんてプロでもそう簡単に出来ないのに、これを出したのが今までどこの大会にも出た事のない無名の選手だっていうんだ。
国内予選の結果は当然一位。他のペアに圧倒的な差をつけてな」

「そんな凄い人達がいきなり出て来たんだ……」

話の内容に圧倒されて、純一は思わず力無く呟いた。

「スオミ代表…。ドライバーはヘンリッキ・カヤン、問題のスナイパーの名前はセイヤ・ヴァルトネン。
ヴァルトネンはこの予選大会の射撃が話題になって、一夜にして『北欧最強の天才射手』と呼ばれているらしい。
今大会でも常連以上に注目を集めている」

敬介が言い終わると、部員達の間に沈黙が訪れた。
皆、一様に戸惑い一色に染まっている。

「な、何か……急に自信なくなって来るね。それ……」

「純一先輩! 弱気な事言わないでくださいよぅ!
それに、この人達と戦うのは先輩じゃないんですから!」

「春代ちゃん……そうだけど……」

言いながら、純一は百合子の方に視線を移す。
百合子は案の定というべきか、書類に目を落としたまま固まっていた。
敬介はそれを見て、一旦説明を止めて百合子に声を掛けた。

「落ち着け。 確かにスオミのペアは予想外だが、実績無しでいきなり世界大会に飛び出して来たって点ではこっちも同じだ。
奴らが俺達にとって脅威なら、俺達も奴らの脅威になれば良い」

「敬介……」

いつになく強気な敬介の言葉に、百合子は目を見開く。
他の部員達も、少し意外そうに敬介を見た。


「敬介、何か少し変わったね」

他の皆よりも先に驚きから抜け出た純一にそう言われて、敬介は逆に聞き返す。

「そうか?」

「うん、何か前よりも良い感じに無鉄砲になった」

それを聞いて敬介は笑う。 そして、隣に居る百合子を指差した。

「コイツのが移ったのかもしれないな」

「ちょ!? 何それ、どういう意味よ!」

「怒るな、叩くな、褒めてんだよ」

「ちっともそんな風に聞こえないわよ!」

僅かに顔を紅くしながらポコポコと叩いて来る百合子を、敬介は笑いながらあしらう。
そんな百合子が落ち着いたところで、最後の一組分の説明に入った。

「最後はブリテン。メリケンと並ぶスチームカーレースの二大国で、大会の常連。
代表の二人は予選で前年度大会に出た学校を負かして表舞台に現れた。新人だが、実力はかなりある……」

「? 敬介さん、どうかなさったんですか?」

ふいに消え入るように言葉を途切らせた敬介の様子に気づいて、佳鶴が訊ねる。
敬介は一息吐くと、ゆっくりとした口調で答えた。

「この新しいブリテン代表の所属校……俺が前に居た所だ」

一瞬、ガレージ内の空気がざわついた。



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