幻想絡繰學藝團〜ゲンソウカラクリガクゲイダン〜

□第四章:開花!大和の鉄砲百合
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季節は夏の盛り

普段は学生で賑わう和芸学院も、夏休みを迎えた今は普段の半分程の活気も無く、昼の日差しにまどろむような静けさを湛えていた。

そんな木造と煉瓦で築かれた校舎の合間を、制服姿の少女が小走りで抜けて行く。
ガサガサという袋の音を立てて、彼女は敷地の片隅にあるガレージの中に飛び込んだ。

「ひー、暑かった! 先輩達ー! アイス買って来ましたよー!!」

手からぶら下げた袋を掲げて、春代はガレージの中で作業している二年生達に声を掛ける。
しかし、それに対する返事は無い。
春代はガレージの中に鎮座している自動車の前に屈むと、その下を覗き込んだ。

「ねー、先輩ったらー!」

春代はめげずに車の下に向かって声を掛ける。
すると、そこから整備の音と一緒に声が返って来る。

「悪い、俺もう少しかかるから、先に食っててくれ」

「えーっ!? 何言ってるんですか、辻堂先輩! アイスですよ? アイスクリーム!!
後にしてたら溶けちゃいますよー!!!」

車の下から返って来たとんでもない言葉を聞いて、春代は信じられないという風に声を上げる。

「百合子先輩もなんとか言ってください! ねぇったら!」

敬介からの回答に不満げに顔をしかめつつ、春代はガレージの隅で同じく作業に勤しんでいる百合子に援軍を求める。
しかし、百合子の回答は意外な物だった。

「そうね、あたしも後で良いわ。 これ、今のうちに終わらせちゃいたいの」

百合子は手にした銃から目を離す事無くそう言う。
それを聞いて、春代はこれ以上無いくらいショックを受けたような悲鳴を上げた。

「ええぇーえぇっ!!? 嘘ぉー!? 百合子先輩、本気ですか!? か、佳鶴先輩ー!! 百合子先輩が大変ですー!!」

春代はみかん箱の机の上で帳簿をつけている佳鶴の所に駆け寄った。
佳鶴はゆっくりと顔を上げると、アイスを片手に大騒ぎしている春代を見て苦笑する。

「春代ちゃん。辻堂さんも百合子ちゃんも、今はそれぞれ自動車と銃に夢中なのよ。
せっかく買って来てくれたけど、これは職員室に行って冷凍庫借りましょうね」

佳鶴はふてくされる春代を優しくなだめながら、ドライアイスの冷気が沸き立つ袋を持って行くよう指示した。
それでも春代は、それぞれ一心不乱に自分の作業に没頭する二人を視界の端に映したまま、つまらなそうに言う。

「最近百合子先輩も辻堂先輩もずーーっとあの調子です。
わき目も振らず、おやつも食べず、それどころかこの頃は会話すら殆どありませんよ!
熱中し過ぎて二人共完全に自分の世界に飛び立ってます!!」

春代はそう言い切ると、ぷーっとフグのように膨れた。
いつも百合子と一緒におやつを食べたり他愛ないお喋りに興じていた彼女としては、声をかけてもうんともすんとも返ってこないこの状態はあまり面白い物とは言えないのだろう。
佳鶴はその事を考えてから、もう一度軽く微笑んでみせた。

「そうね。 百合子ちゃんも辻堂さんもようやくご自身のやりたかった事に正面から打ち込めるようになっみたいですからね」

佳鶴は小さい子供に言って聞かせるように、うなだれる春代の肩を優しく叩いた。
春代は何とか頷いた物の、その顔から不服そうな色はまだ消えなかった。

「名塚先輩も帰省しちゃいましたし、なんだか最近春代はつまんないです。
居ても居なくてもあんまり関係ないみたい」

いじけた声を絞り出して、春代は表面に水滴の滲み始めた袋に視線を落とした。
その表情が構ってもらえなくて拗ねる子供みたいで、佳鶴は思わず微笑ましくなる。
しかし、本人はいたって真剣そのものなのもわかっていたので、溢れ出しそうになる笑みを彼女は努めて抑えた。

「そんな事ありませんよ、春代ちゃん。 ほらほら、そんなに膨れないで」

「そんな事ありますよーぅ!! 辻堂先輩は車、百合子先輩は銃、佳鶴先輩は会計。
皆役割が決まってて、それ黙々とやってます。 でも春代はそういうの全然ないですもん。
その上、最近じゃ差し入れ買って来ても殆ど誰も食べてくれないし〜! 春代完全に空気です! 居ても居なくても同じです〜!!」

佳鶴の慰めも効果無く、春代はアイスクリームの袋を振り回して嘆き倒し始めた。
周辺を騒がせていた蝉の鳴き声も存在感を薄くする程の大声に、ポンコツの下からとうとう苦々しい表情を張り付けた整備士が出て来る。

「あぁもうわかったよ! アイス食えば良いんだろ、食えば!」

ガラガラというキャスターの音を立てながら、敬介は嘆く春代に向かって怒鳴る。 その鼻の先や頬や肘は黒く汚れていた。

「あは、先輩変な顔」

「散々人の気を散らしておいて、そのセリフは何だ」

眉間にしわを寄せて春代を睨みながら、敬介は汗を拭って息を吐いた。

「谷本、お前だんだん宮間に似て来たな。 めんどくさい箇所ばっかり」

敬介は言いながらポンコツの横に座り込み、熱を帯びた頬に外から入って来る風を当てる。
しかし、次の瞬間にそよ風だけでは無く、何かもっと固い物体がその後頭部に当たった。

「誰がめんどくさいですって? え?」

鈍い痛みが走る後頭部をさすりながら敬介が振り向くと、そこにはたすき掛けに仁王立ちしている百合子の姿があった。
床にはメジャーが転がっている。 おそらく今頭にぶつかったのは彼女が投げたこれだろうと、敬介は即座に理解した。

「いってぇな! 人に向かって物を投げるなよ!!」

「そっちこそ、ブリテン暮らしが長かったんなら少しはレディーに対するマナーをわきまえたらどうなの? あっちは紳士の国でもあるんでしょ?」

「鼻水垂らして泣きわめいたり、場所を構わずじだんだ踏んだり、メジャーぶん投げたりするような奴はレディーとは言わねぇよ!」

敬介がメジャーを当てた事を責めると、百合子も負けじとそれに対して言い返し、更にまた敬介が怒鳴り返す。
先程までの静けさと真剣さはもうどこにも見当たらず、ガレージの中には二人のケンカの声がこだまする。

「これこれ、やっぱりこれが無くっちゃ自動車部じゃないです。うん!」

「もう、春代ちゃんったら」

もしかしなくても、先程の大げさな悲嘆はこれを狙っての事だったのだろうかと、佳鶴は満足気に笑う春代を見て苦笑した。

「さ、皆さん。 全員出てきたところで、早くアイスを食べましょう」

相変わらずしょうもないケンカを続けている敬介と百合子をやんわりと止めて、佳鶴は春代の買って来たアイスクリームを即席テーブルの上に置く。
容器の側面は水滴で濡れ、開けたフタの裏側には溶けた液体がべったりと付着していた。

「あー! もうこれ溶けてるわ!」

「百合子先輩達が早く来てくれないからですよ。 まだ表面だけだからギリギリセーフです!」

「あはは、ごめんごめん。 ありがとうね、春代ちゃん」

木のスプーンで柔らかくなったアイスをすくいながら、春代は口先だけは怒ったように言いながらも、やっと銃の世界から戻って来た百合子に嬉しそうにじゃれついた。

「ふふっ!」

「? どうした、豊島?」

アイスを口に運びながら急に笑いだした佳鶴に、敬介は首を傾げる。
佳鶴はまだ笑いながら、それに丁寧に答えた。

「いえ、やっぱり春代ちゃんが居てくれて良かったと思いまして。
私一人だったら、熱中する辻堂さんや百合子ちゃんを引き戻す事が出来そうもなかったから」

「俺達?」

「えぇ、だってお二人共、一度スイッチが入ると何を言っても殆ど聞き流してしまうでしょう。 こんなに暑い中でも、作業の手を少しも止めないんですもの。
でも、春代ちゃんが嘆いたらちゃんと出て来てくださるので」

佳鶴は緩やかに笑うが、その口から出た言葉を聞いた敬介は少し戸惑って、スプーンを持つ手を止めた。
その動きや微妙な表情にも目をしっかりと向けながら、佳鶴は更に言う。

「夢中になるのも良いですけど、適度な休みもちゃんと取ってください。
前にカルロスさんや辻堂さん自身も仰っていたでしょう? 休憩は大事だって。
熱中し過ぎて熱中症だなんて、間違っても起こさないでくださいね?」

「あ、あぁ……悪い、気をつけるよ」

以前自分が百合子に口を酸っぱくして言ったのと同じ事を佳鶴の和やかな口調と表情で言われて、敬介は思わずうろたえながら返事をする。
そんな敬介の様子に、何故そんな所にばかり気がつくのかと誰もが不思議に思うくらい、春代が気づいた。

「あ、辻堂先輩なんかうろたえてますね!? なになに、二人共何を話してたんですかー!?」

気づいたらすぐさま首をつっこんで来る春代に、敬介は暑さも相まってがくりと肩を落とし、片手で頭を支える。
敬介の様子から心境を察してか、佳鶴は笑いを抑えつつ春代に向き直った。

「作業に熱中し過ぎて倒れないようにしてくださいって、警告していただけですよ。
百合子ちゃんも辻堂さんも、今はどちらもルームメイトの方が居ませんからね。
お二人共没頭すると何もかも忘れるタイプですから、心配なんですよ。私」

「あー……そういう事ね。 ごめん、佳鶴」

佳鶴の言葉に百合子も思う所があったのか、敬介同様少し目を泳がせなが謝った。
それから、彼女は青い空の広がるガレージの外を眩しそうに眺めながら言った。

「にしても、一人欠けただけでも何か雰囲気変わるわよねぇ。 名塚君、いつ帰って来るんだっけ?」

「あれ……えっと、いつって言ってたかな」

「えー!? ちょっと、ちゃんと聞いてなかったの!?」

「うるせぇな、とりあえず予選大会の前には戻って来るって言ってたよ、確か」

「そっか」

敬介のセリフの中に含まれた予選大会という言葉に、百合子はぴくりと反応しつつも短く返事をした。

「ところで、辻堂先輩と百合子先輩は帰省しないんですか? せっかくの夏休みなのに」

帰省という言葉を耳にして、ふいに春代が素朴な疑問を寮生活の二人にぶつける。
この時期、寮で暮らしている学生達は大半が実家に帰省する。 名塚と、百合子と同室の翠も帰省した。
自宅から通っている佳鶴と春代に帰省の必要は無いが、百合子と敬介はガラガラになった寮に残り、今日も自動車部の活動に明け暮れていた。

「ああ、俺は一応大会が終わった後に休みの最後らへんで帰る予定だけど」

「わぁ! 結構なハードスケジュールですね! 百合子先輩は?」

「え、あたし? そうね、そのうち電話するつもりよ。 行くとしたら辻堂君と同じで予選の後かな」

突然話を振られて、百合子はそう答える。
それから、殆ど形を失ったアイスクリームの最後の一口を食べた。

「春代は毎日家から通ってますけど、寮生活ってどうですか? 何か時々ちょっと憧れちゃいます。 帰省とか」

空になったアイスカップにフタを閉めながら、春代は寮暮らしの敬介と百合子に視線を送る。
それを受けて敬介は口を開いた。

「そんな良いもんじゃねぇぞ。 色々めんどくさい事も多いし。
俺なんか最近ようやく安眠出来るようになったし」

「何でですか?」

「名塚が居ないから。 あいつイビキうるせぇんだよ」

敬介が言った瞬間、それを聞いた女子一同は一斉に笑い出す。

夏特有の大きな雲が浮かぶ空に、その明るい声は良く映えた。
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