かふぇ浪漫〜夜詩屋〜

□序章〜初来店
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暗いようで明るいような、不思議な空がこちらを見下ろすように見つめています。


色に例えるなら……そう、それは薄い青紫色。いえ、藍色も少し混ざっているでしょうか。瑠璃色……とも言えるかも知れないし、蛍や星のような光の点が淡く瞬くせいで、少し白くも黄色くも見えるかもしれません。

ここは一体何処でしょう。


この世の何処かか、それともこの世ではない何処かか。

おかしいですね。先程まで、小さな図書室に居たはずなのですが…。


……おや、たおやかに光る淡闇の向こうから、誰かがやって来るようですよ。

でも、不思議と恐ろしい感じはしないのではないでしょうか。少しも逃げたいとは思わないようですね。

青紫の向こう側から近づいてくる靴の音は高く澄んでいます。
暫くすると、白いパンプスを履いた足が目の前で止まりました。

「あら……? 」


小さな声を上げて、足を止めた女性はこちらを見て来ます。
つばの広い帽子に、すっきりとまとめた栗色の髪。少し古びた大きなカバン。旅人……にしては、少し身綺麗ですが、どうにもカバンの大きさから見ると、散歩中のレディではないみたいです。

「どうしたんですか? こんな所に座り込んで」

女性は問いかけて来ました。
周りには他に人の姿もありませんし、あるがままをあなたは話すしかないでしょう。

とりあえず、わかっている事だけを話しましょう。
そうすれば、女性はにっこりと笑うはずです。……ほら、薔薇色の唇が微笑んだ。

「ふんふん……なるほど。 あぁ、心配しなくても大丈夫ですよ。
そういう事なら、この細い道をまっすぐ辿ってらっしゃい。……ほら、少し見えにくいけれど、向こうに小さなとんがり屋根があるでしょう?」

女性に言われて見てみますと、青紫色の靄がたなびく向こう側に、たしかに小さなとんがり屋根の家らしき物が見えました。

「私、今あそこのカフェからちょうど出てきた所なんです。
今はちょうど靄の濃い時間ですからね。あのカフェで少し時間を潰す事をお勧めしますよ。
お茶が出て来て、飲み終わる頃には、すっかり靄がひいて、帰り道がわかると思います」

女性に言われるままに、靄の向こうのお店を見つめます。

他には何も見あたりませんし、道もこの一本しかわかりません。

どうしようか悩んで振り返れば、そこにはもう女性の姿はありませんでした。


さて、出来る事はただ2つ。

女性に教えられた通り、この道を辿ってお店に行くか、このままここで靄がひくのを待つか。



……歩き出すようですね。

そうですね、どうせ靄がひくまで待たなければならないなら、温かい所でお茶を飲みながらの方が、いいですよね。




ともかく、あなたは数分も経たないうちには、鈴蘭型のベルを鳴らす事でしょう。

そのお店のドアの上には、ちょっと不恰好な手作りの木の看板で、こう書かれています。




〜かふぇ浪漫 夜詩屋(かふぇろうまん よしや)〜




チリン、チリリンという可愛らしい音と共に、扉が開きます。

木の扉の向こう側は、カウンターとテーブルが数席ある程度の小さな空間。
琥珀色のガラスランプが照らすカウンターの中には、白いエプロンを掛けた女の子が座っています。




いらっしゃいませ、こんばんは。 カフェ浪漫夜詩屋へようこそ!


呼び鈴の音に気づいた女の子は、肩の上で緩く波打つ髪を揺らして、すぐに扉の前のあなたに微笑みます。
彼女の後ろの棚には紅茶の缶や食器やコーヒーメーカー。

……ではなく、大量の本、本、本の山。


壁に掛けられたメニュー表に連なる名前も何処か変。
本日のセットメニューは「ジャックと豆の木」に「小人の靴屋」ですって。




さてはて……このカフェ、一体どんなお店なのやら。




 

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