幻想絡繰學藝團〜ゲンソウカラクリガクゲイダン〜

□番外編:星の女神の恋占い
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和芸学院高校自動車部。
そのガレージの前には今日も女子生徒の明るい笑い声が響き渡る。

「ほら、見てください! 佳鶴先輩の今月のラッキーカラーは紫ですって! 今日の先輩のカチューシャ、丁度菫色ですよ」

「そうなの? 今日は何となくこれにしようかと思っただけなんだけれど……」

「いいじゃない、似合ってるわよ。せっかくだから今月はこのままそのカチューシャにしたら?」

外に並べたみかん箱の上に座って、春代は佳鶴と百合子になにやら熱心に雑誌を広げて見せている。

「何やってんだ? お前ら」

ガレージ前で小鳥のように集まってきゃっきゃとはしゃいでいる女子達の姿を前に、遅れてやって来た敬介は不可解そうに尋ねた。

「あ、来たわね。待ってる間暇だから春代ちゃんが買って来た雑誌見てたのよ」

百合子がそういうと、敬介と一緒にやって来ていた名塚がひょいと雑誌を覗き込んだ。

「あ、これひょっとして月刊花手鞠の女神の星占い?」

「そうですよ〜! これ良く当たるんです!」

春代は自慢げに雑誌を広げて、後から来た男子二人にも見せびらかす。
見開かれた巻末のページには、可愛らしい文字で「女神の星読み占い」と書かれていた。
背中に翼の生えた金髪の女性の絵が描かれた横に、今月の占いの内容が小さなアドバイスと共に記載されている。

「てか、何でお前知ってんだ? 名塚」

「え? うちの妹達もこの雑誌買ってたからさ。 それに、うちのクラスでも女子がよくこれ読んでるよ」

名塚がさらりと言った後に、春代が雑誌を抱えて目を輝かせながら敬介達の方を見た。

「ねぇねぇ! 辻堂先輩、名塚先輩! お二人の誕生日はいつですか!?」

「俺? 三月八日だよ?」

「辻堂先輩は!?」

「え……九月六日……」

春代は名塚と敬介の誕生日を順番に聞くと、占いページの生まれ月表を読み込んだ。

「え〜っと、名塚先輩は三月だから……あ、魚座ですね。 辻堂先輩は九月の六日なので……乙女座」

春代が言った瞬間、その場に居た全員が同じタイミングで敬介を見た。バッ!!っと、音がする程の勢いで。

「お……とめ座……ですって? アンタが?」

「辻堂……乙女座だったんだ」

「まぁ……乙女座が女性であるとは限りませんものね」

「でも今何かインパクトありましたよね!」

「お前らマジ黙れよ」

それぞれ容赦無く思ったままの反応を示す部員達に、敬介はこめかみに苛立ちの証を刻みながらそう言った。

「え〜っと、それで今月の乙女座の運勢ですが……【月の初めから波乱の予感。常にあれやこれやとトラブルが舞い込み、そのせいで疲れが溜まりそう。
片意地を張ると深みにはまります。少しでも素直になる事で全体にも余裕が出て、結果運も開けるでしょう。
特に頭上にも注意した方が良さそうです】……あらら、何だか残念な感じですねぇ」

「バカバカしい、んなもん当たるわけねぇだろ」

春代が読み上げた星占いの内容に、敬介は呆れて荒い溜め息を吐いた。

「そんな事無いですよ〜! 星占いって結構バカに出来ないんですから!
良いでしょう、星占いに基づいて今から春代が辻堂先輩の知られざる心の闇を言い当てて見せましょう!」

「はぁ!?」

「ズバリ! 先輩は昔同じクラスの子達に乙女座である事をからかわれ、内心もう乙女座やだとか思ってるでしょう!!」

「それ占いでも何でもねぇだろー!!!!」


(図星なのかな……)

(図星なんでしょうか……)

(あの反応は図星ね……)



春代はビシッと人差し指を立てて、占いを真っ向から否定する敬介にドヤ顔で言い放つ。
その占いと呼べるのかどうか怪しい内容に真面目につっこむ敬介だったが、それが返って他の三人の目には切なく映った。

「まぁまぁ、そんなにスネないでください先輩。 何故か恋愛運だけは良いみたいですから」

「やかましいわ! とにかく、んなくだんねぇ事にかまけてんだったら俺は帰るぞ」

「あ、ちょっと待ってよ! 練習……」

「あ……! 辻堂、宮間さん! 危な……」

話の内容に愛想を尽かせた敬介を百合子は慌てて引き留める。
丁度その時に、名塚はグラウンドの方からこちらに向かって何かが飛んで来るのに気づいて、咄嗟に声を上げた。
と、その瞬間。逃げるどころか振り向く間も無く、グラウンドから飛んできたボールが敬介の頭を直撃した。

「きゃああぁぁーーっ!!!! 辻堂君ー!!!」

コロコロと転がって行くボールの側にうつ伏せに倒れた敬介を見て、一番近くに居た百合子は真っ先に悲鳴を上げた。

「ず……頭上に注意……当たった!?」

「ほら! ほら! やっぱり的中しましたよ! 凄いです!!」

地面に倒れ伏してヒクヒクしている敬介を前に、名塚と春代は先程の占いに書いてあった文章とこの状況が見事にリンクしている事に驚嘆の声を出した。

「もう! そんな事言ってる場合じゃないでしょ!? ちょっと、ねぇ大丈夫?」

「大変だわ、早く打った所を冷やしませんと」

あまりの惨劇に、百合子と佳鶴も助け起こしながらもおろおろする。
そんな彼女達を制するように、敬介はよろよろと起き上がりながら手を小さく振った。

「あんまでけぇ声出すな……頭に響く……」

「あ、ごめん」

敬介に言われて、とりあえず百合子は声のボリュームを下げる。

「とにかく、早く保健室に行かないと」

「あ、俺肩貸すよ!」

頭を押さえつつ、まだふらふらしている敬介を名塚が支える。
ややぐったりとした腕を肩に掛けさせて、そのまま彼は保健室のある校舎の方へと足を向ける。

「付き添い、お一人で大丈夫ですか?」

「うん、平気だよ。 じゃ、ちょっと行って来るね。 皆はここで待ってて」

心配そうに見送る女子一同に笑顔を向けると、名塚は敬介を連れて保健室へ向けて去って行った。


「ふぅ……あの様子じゃ、今日の練習は無理かしら」

二人の姿が見えなくなると、百合子は困ったように溜め息を吐いた。

「それにしても驚きましたねぇ。時々ボールが飛んで来る事はありますけど、あんなにピンポイントに辻堂さんにぶつかるなんて」

「ああいうのって、占いなんかデマだ!!……とか言ってる奴に限って無駄に当たったりするのよねぇ。何か法則あんのかしら」

佳鶴と百合子は不思議そうに語り合いながら、みかん箱の上に座り直す。

「さぁ……文明社会とはいえ、世の中人間には想像もつかない不思議がまだまだ満ちていますからねぇ。
あ、百合子先輩って射手座でしたよね? 今月は思い立ったらすぐの行動が吉を呼ぶらしいですよ」

「そうなの? あたしいつもそうしてるつもりだけど」

「ふふふ、それはつまり、百合子ちゃんは普段通りで良いという事なんじゃないでしょうかね」

春代が読み上げる百合子の占いの内容に、佳鶴は笑いながらそう言う。
百合子は二人の反応に少しきょとんとしていたが、やがて占いに飽きたのか、別の記事の催促を始めた。

「ねぇねぇ、今月は他に何か面白い特集ないの? あたし、先月の絶品はしごスイーツが好きだったんだけど」

「え〜っとですね、今月は【お友達を呼んでティーパーティー特集。自宅のキッチンで作っちゃおう! 美味しい、カワイイ、世界の郷土料理&お菓子レシピ♪】ですって。あ、美味しそう!」

春代がページをめくると、様々な外国の料理やお菓子の写真で彩られた紙面が現れた。
洋菓子店やカフェ等でもお馴染みの物だけでなく、あまり見た事の無い名前の料理も何ページかに渡って特集されている。

「まぁ、本当。 どれも可愛らしくて美味しそうですね」

「でもさ、こういうのって普段あんまり使わない材料要る事が多いじゃない。余らせたらどうすんのよ」

「さすが和食の達人百合子先輩、言う事が現実的です。 あ、でもでも! これだったらあんまりそういう心配なさそうですよ」

そう言って春代はいくつかあるレシピのうちの一つを指差した。
それを百合子と佳鶴が覗き込む。

「何々……? コテージパイ? なんじゃこりゃ」

「ブリテンの伝統料理で、パイ生地を使わないパイ……ですか。 あら、確かにこれなら私達も良く使う食材ばかりですね」

佳鶴の言葉につられて、百合子も写真の横に書かれた材料に目を通して見る。
じゃがいもに挽き肉、人参、タマネギ、塩胡椒、ケチャップ……と、確かに大和の一般家庭の冷蔵庫にもよく常備されているような、馴染みの食材ばかりが並んでいる。

「成る程、炒めた野菜と挽き肉の上にマッシュポテトを敷いて、オーブンで焼くんですね」

「ふはー! 美味しそうですねー! これなら確かに気軽に作れそうですよー! あ、でもでも!春代はこっちのお菓子の方が食べてみたいですー!」

「まぁ、綺麗なケーキ。でも、こっちはちょっと大変そうよ」

レシピを見ながら佳鶴と春代は楽しそうに話し合う。そんな二人の会話を軽く耳に入れながらも、百合子はコテージパイのレシピをじっと眺める。

(ブリテン料理なんだ……これ)

写真と材料、そして簡単な料理の解説文を目にしているうちに、百合子はある事を思いついて、心の中でポンと手を叩いた。

「春代ちゃん、これちょっと貸してくれない?」

「え? 良いですけど……先輩作るんですか?」

「百合子ちゃん、これ外国の料理ですよ? 本当に作れるの?」

「な、何よ二人共……あたしの料理の腕知ってるでしょ? 何でそういう反応なのよ」

レシピを求めた瞬間に微妙なリアクションを取る二人に、百合子はじとっとした視線で問い詰める。
しかし、佳鶴と春代は互いに暫く見つめ合ってから、やがて躊躇いがちに口を開いた。

「勿論、百合子ちゃんの料理の腕は良く知っているわ。 和食がプロ並みに上手な事も、その代わり和食以外の料理が苦手な事も……」

「前に頂き物のビーフンを百合子先輩に調理してもらった事ありましたよね? あれの出来上がり、誰がどう見てもそうめんでした」

二人は躊躇った割には結構ハッキリと百合子の料理の腕前についての感想を述べた。

「もーう!! 何よ何よ二人して! 良いじゃない、ちょっとくらい和食テイストが入ったって! 別に食べられない物作ったわけじゃないんだから!
もう良いわよ! ドライバーいないんじゃ意味無いし、あたしも今日は帰るわ!」

二人の言動にプライドが傷ついたのか、百合子は横に置いてあった自分の風呂敷包みを抱えて立ち上がり、そのままガレージ前から去って行ってしまった。

「あらら、先輩行っちゃった……」

「私達だけになってしまいましたね。 どうしましょう」

「う〜ん……あ、佳鶴先輩の好きな雑貨ブランド、新作いっぱい出たみたいですよ」

「え、本当? 見せてちょうだいな」


百合子が立ち去って途方に暮れるのも束の間、春代の一声によって結局瞬く間に二人共再び雑誌の話題に戻って行った。
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