幻想絡繰學藝團〜ゲンソウカラクリガクゲイダン〜

□番外編:星の女神の恋占い
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「はぁ〜あ……どうしよう……コレ」

既に外灯がともる暗さになって来た夕方の空の下、百合子は一人並木通りの片隅にあるベンチに腰を下ろしていた。

結局男子寮ではこれを振り回して怒り任せに出て来てしまった為、敬介に渡す事は出来なかった。
翠の監督のもと、不慣れな料理を何とか仕上げたは良い物の、肝心の相手に渡せなければどうにもならない。
百合子は風呂敷に包んだコテージパイと、その作り方を載せていた雑誌を見た。
読むわけでも無くパラパラとページをめくっていると、最初に春代が持って来た星占いが百合子の目に止まった。

「思い立ったらすぐの行動が吉を呼ぶ……か」

どこか自嘲気味に言うと、百合子はもう一度コテージパイに目をやる。

「何が吉よ……バッカみたい。 こんなもん、作んなきゃ良かった」

呟いてから、百合子は殆ど衝動的にそのページをビリリと破いて丸め、空高く放り投げた。













「あー……腹減った……」

今にも鳴り出しそうな腹に手を当てながら、敬介は一人寮への帰り道である並木通りを歩いていた。

結局あれから春代に引きずられるように、あっちの店こっちの店とスイーツショップや甘味処を転々とさせられたが、何処も話題の店である為か満員行列でなかなか入れず、すきっ腹を抱えたまま街の中を四人でうろうろせざるを得なかったのだ。
途中で耐え兼ねて隙を見て離脱して来たが、彼等はまだやっているのだろうか。

「早く帰ってなんか食おう……死ぬ」

無駄に動き回らされたせいで空腹度はかなり高くなって来ている。
しかし、寮へと戻る道を急いでいたその時、何かが空から敬介の頭めがけて飛んできた。

「うわっ!?」

ぽこんっ! と軽い音と共に何かが学帽の上で跳ねて地面に落ちる。

「くそ……っ! 何だよコレ!!」

痛くは無かったが、本日二回目の頭上襲撃に敬介は思わず声を荒げた。すると……

「辻堂君!?」

並木通りの脇に入った所にある、公園と呼ぶにはいささか小さい憩い場のようなスペースから聞き慣れた声がした。

「宮間!? お前、こんなとこで何やってんだよ」

「辻堂君こそ! 寮に帰ってたんじゃ無かったの?」

「……帰りたかったんだけどな。 まぁ、色々あって」

そこで敬介はここまでの経緯を簡単に百合子に話した。
保健室から戻ったら春代のスイーツ巡りに付き合わされた事、目当ての店が混雑していてあちこち行くハメになった事、隙を見て帰って来た事を。

「あはは、春代ちゃんらしいわね。 で、ひょっとしてスイーツでお腹いっぱいなの?」

敬介の話しを聞いてひとしきり笑った後、百合子は少し顔を曇らせてそう訊いた。
しかし、太陽はもう落ちている為、その表情を敬介が読み取る事はなかった。

「いや、アイツが選ぶ店は全部大混雑で何も食ってない」

敬介がくたびれたようにそう言うと、それに共鳴するように腹の虫が情けない音を立てた。

「つう訳だから、俺早く帰って何か食うわ。 んじゃな」

「あっ! 待って、辻堂君……!!」

踵を返して立ち去ろうとする敬介に、百合子は今しかないとばかりに引き留めると同時に、風呂敷包みを彼の前に差し出した。
振り向いて驚いている敬介に、百合子はしどろもどろになりながら説明する。

「あ……あの、ボールぶつかったお見舞いにと思って……。 和食じゃないから味は保証できないけど」

言いながら百合子は包みを敬介に渡す。
敬介もぽかんとしたままとりあえず包みを受け取って開けて見た。

風呂敷の中には四角い箱が入っていた。
更にそのフタを開けると……

「これ……ひょっとしてコテージパイか?」

振り回したりして少々形の崩れたその料理を、敬介は一目で見分ける。
百合子は少し縮こまりながら頷いた。

「何か、さっき春代ちゃんが持ってた雑誌に作り方載ってたから。 大和に来てからそろそろ経つし、こういうの食べたいかなーと思って……。
その、ひょっとして嫌いだった?」

百合子は勢いだけで作ってしまった事に今更不安を抱きながら、敬介の様子を窺うように彼を見つめた。

「大好きだよ……向こうでは良く食べてた。
まさか大和でお目にかかれるとは思ってなかった……」

百合子の不安とは裏腹に、敬介はいつになく目を見開いて、不恰好なコテージパイを見つめる。

「食って良いか? これ」

「も、勿論! その為に作ったんだもの! ……どうぞ」

百合子は慌ててそう言うと、先が割れたスプーンを出して敬介に渡した。
敬介はそれを受け取って、適当な大きさに取り分けたパイを口に運ぶ。

「だ、大丈夫……?」

周囲から散々バカにされる西洋料理の腕を自分でもわかっているせいか、百合子は思わずそう訊いてしまう。
しかし、敬介は暫く黙って口を動かした後、百合子が思っていた以上の感想を口にした。

「……美味い。 懐かしい味がする」

敬介はそれだけ言って、また一口、二口と食べ続ける。
その言葉を聞いて、一心不乱に食べる様子を見て、百合子の中にみるみる嬉しさが込み上げて来た。

「まだあるから、いっぱい食べてね!」


百合子ははちきれんばかりに笑みを浮かべ、懐かしい好物を頬張る敬介を隣で見守る。

その足下には、さっき投げた星占いのページを丸めた紙が、ぽつりと転がっていた。




end
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