幻想絡繰學藝團〜ゲンソウカラクリガクゲイダン〜

□番外編:星の女神の恋占い
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放課後、既に帰宅したり部活動に出たりして生徒の姿がまばらになった校舎の廊下を、百合子は大きな風呂敷包みを抱えてゆっくりと歩いた。


「失礼しま〜す……」

そろそろと遠慮がちに入ると、中に居た保健医が百合子に気づいて笑顔で声をかけて来た。

「あら、宮間さん。 どうしたの?」

「あ、いえ……辻堂君居ますかね? さっき彼、ボールぶつかって運ばれて来たと思うんですけど」

「あぁ、それだったら手当てしてもう帰ったよ。
幸い大した事なかったし。心配して来たの?」

「あ、はい……。直撃弾だったし、彼居ないとうちの部、活動になんないんで」

「スチームカーレースだからねぇ。他の子達はまだ出来ないの?」

「射撃は皆練習してます。でも、走行射撃はまだもう少し先ですね。
それに、スナイパーよりドライバーの方がどうしても難しいんですよね……一応名塚君が頑張って免許取って来てくれましたけど」

百合子は自動車部におけるスチームカーレース練習の実情を保健医に話す。
彼女はそれを聞いて励ますように笑った。

「ただ走るだけと、レースでスナイパー乗せて走るのとは違うからね。免許取り立てでそれやるのは難しいよね。
辻堂君みたいな例はなかなか居ないもん」

くすくすと笑いながら、保健医は自分のカップにインスタントコーヒーとお湯を注ぐ。
スプーンで軽くかき回しながら、彼女は百合子の方をもう一度見た。

「ま、怪我の方は心配いらないから。 様子が気になるんなら行ってあげな。
あの様子なら多分寮に帰ったんじゃないかと思うから」

「はい、ありがとうございました」

百合子は保健医に軽く頭を下げて保健室から出た。

「寮に帰ったかぁ……ちょっと面倒臭い事になったわね」

出来たばかりのコテージパイを入れた包みを見つつ、百合子は少し考え込む。

「せっかく作ったんだものね……よし! 行くか!」
そう言って包みを持ち直すと、百合子は保健室の前から歩き出した。
校舎を出てまだ賑やかなグラウンドを抜け、彼女は寮の方へと足を運んだ。
いつも出入りしている女子寮ではなく、男子寮の方へと。

「あれ? 宮間じゃん。何やってんだこんなとこで」

男子寮の敷地内を歩いていると、早速にも数人の男子達が百合子に気づいて声を掛けて来る。
そして彼らは百合子が大事そうに抱えている包みを見た。

「何その包み? ひょっとしてまた何か作った!?」

一人が百合子の持っている包みの中身を推測すると、その場に居た者達が一気に沸き立った。

「何!? 宮間さんの和食だって!?」

「マジか!? はい!はい!! 俺試食立候補!!!」

「ぼ、僕も!!」

パンくずに群がるお掘りの鯉のように一気に騒ぎ出す男子達に、百合子は一瞬驚く。
それからすぐに溜め息を吐いて包みの中身を明かした。

「まだ和食だなんて一言も言ってないじゃない。 今日は西洋料理よ」

「え……」

百合子が西洋料理と口にした瞬間、今まで大騒ぎしていた男子達は一瞬にして動きを止めた。

「あー……試食と思ったけど、晩飯近いからやっぱやめとくわ」

「俺、急用思い出した」

「じゃ、そういう事で……」

「ちょっとあんた達! 何でいきなりそういう反応なのよ!!!」

あからさまに態度を急変させてそそくさと立ち去ろうとする彼等に、百合子は思いっきり怒鳴る。
しかし、彼等は顔を見合せながら苦笑した。


「だって……ねぇ?」

「前の調理実習でも、卵焼きにケチャップ掛けた物をオムレツって言い張ってたもんなぁ……。 寿司屋みたいな四角いやつ」

「お前さ、和食あんだけ出来るのに、何で洋食になると途端に残念になるんだ?」

「う、うるっさいわね!!」

躊躇い気味に口を開いた割には言いたい放題な男子達に、百合子は赤くなりながら吠えた。

「大体にして、あんた等にあげるなんて一言も言ってないじゃないの! まったく、食い意地だけは張ってんだから!」

百合子は犬を追い払うかのように怒鳴りながら、シッシッと手を振る。
しかし、そのセリフを聞くと彼等は不思議そうに言及してきた。

「へぇ? んじゃ、誰の為に作ったんだよそれ?」

「だ……っ!!」

聞かれた瞬間、今まで怒りで赤くなっていた百合子の顔が更に一瞬のうちに紅潮した。

「おぉ、赤くなったぞ」

「誰だ? 誰だ!?」

「だ……だ……黙れええぇー!!!!」

百合子はそう叫ぶやいなや、ピーピーと口笛を吹いて囃し立てる男子一同を持っていた風呂敷包みで一列になぎ倒した。

「誰だって良いじゃないのよ!! ばかたれ共がっ!!!」

百合子はその一言を吐き捨てると共に、綺麗に横一列に倒れた男子達を振り返る事も無く、乱暴な足取りでそのまま男子寮を後にした。















「うっわぁ……すっごい行列……」

百合子が男子寮の庭で暴れている丁度その頃、西地区のスイーツショップの前では他の自動車部の一同が長蛇の列を前に立ち尽くしていた。

「やっぱり皆割り引きには弱いんですねぇ……。 でも、これでは私達の番が来る前に閉店になってしまいそうだわ」

ずらりと階段の下まで並んだ人の列を眺めて、佳鶴も頬に片手を当てた。
その横で春代が握り拳を作って悔しがる。

「ううぅ〜……せっかくここまで来たのに〜!!」

「春代ちゃん、これじゃさすがに無理だよ。今日は諦めよう」

「嫌ですぅ〜!!! スイーツぅう〜!!! 全品割り引き〜!!!!」

うねるような声を上げながら今にも列の中に飛び込んで行きそうな春代を、さすがの名塚も止める。
しかし、それでも春代は往生際悪く喚いた。

「いい加減諦めろって! そんなに食いたきゃ別にここじゃなくたって食えんだろ!!」

「う〜……! じゃあ……じゃあ……」

半べそをかきながらも、春代は懐からチラシを出す。
さっきのとは別のチラシを。


「じゃ、ここ行きましょう! 最近リニューアルしたばかりのおしるこ屋さんなんです!!」

ずしゃっ!と、音を立てて転びそうになるくらい、敬介は激しい脱力感に見舞われた。

「お前は……!」

「さー! 行きましょう先輩方!! 今度こそですよ!」

さっきまでの執着をばっさり捨てて、既に次の目標の方向に足を向けている春代に、敬介はもはや続く言葉を見つける事ができなかった。
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