幻想絡繰學藝團〜ゲンソウカラクリガクゲイダン〜

□番外編:星の女神の恋占い
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「じゃがいもと挽き肉と……よし! いっちょやったるか!」

たすきに前掛けの紐をキュッと結んで、百合子は調理台の前に立って意気込んだ。
さっき自分で購入して来た雑誌のレシピページを開いて、目当ての料理のレシピをじっくり読み込む。

「何よ、皆して好き勝手な事言って! いくら外国の料理ったって、レシピがあるんだから平気よ。 えーっと、まずは野菜の下ごしらえよね」

言いながら百合子は手を洗って、用意しておいたじゃがいもを一つ掴んだ。
綺麗に洗ってから、それらを一つ一つ皮を剥いて適当な大きさに切って行く。
さっきまで腹を立ていたのが嘘のように、下ごしらえの作業をしているうち気分が上がって来る。
じゃがいもを切り終えて鍋に入れる頃には鼻歌を口ずさんでいた。

「ごきげんねぇ。 芋の皮剥きってそんな楽しいもんかしら」

突然背後から声がして、百合子は驚きのあまりじゃがいもを水を張った鍋の中にボチャボチャと落っことしてしまった。
跳ねた水を拭きながら振り返ると、そこには翠が居た。

「何だ、翠かぁ……! いきなり声かけないでよ」

入り口に寄っ掛かりながら興味深そうにこちらを眺めている翠の姿を見て、百合子は動悸を抑えながら言った。

「悪い悪い、あんたが家庭科室借りて何かやってるって小耳に挟んだからさ」

そう言って笑いながら家庭科室に足を踏み入れると、翠は広げられた雑誌を手に取った。

「ふぅん……コテージパイねぇ。 成る程、誰に作るのかわかっちゃった」

翠は雑誌を片手に含み笑いをする。
その言動に、百合子は今度は片付け中のボウルと菜箸を落とした。

「な、な、何が…!?」

「作るのも食べるのも和食主流のあんたが、何の目的も無しにこんなもん作るとは思えないし。
そしてブリテンの伝統料理と来たら……一人しかいないわよ。ねぇ?」

にまにまとした笑みを顔いっぱいに浮かべて、翠は非常に楽しそうに言う。
そんな彼女の指摘と反応に、百合子は慌てて弁明するように口走った。

「ちちち違うわよ!? あたしはただ、お見舞いにでも持ってってやろうかと思って……! あいつ和食も甘い物もあんま食べないし! こういうのの方が食べ慣れてるのかなーとか!」

「はいはい、わかったわかった。 ところで、お見舞いって何? あいつどっか具合悪いの?」

混乱する百合子の反応を笑いながら適当にあしらいつつも、翠はお見舞いというワードに首を傾げる。

「具合っていうか……さっきグラウンドから飛んで来たボールの直撃喰らってね。保健室に運ばれたの」

「うわー……何て運の悪い男……」

百合子が先程起こった事を簡単に話して聞かせると、翠は苦笑いした。

「ま、そういうわけだからさ、今日は練習にもなんないし。 さて、そろそろ茹で上がったかな」

翠と話ながらも、百合子は程良く茹で上がったじゃがいもを鍋から出した。
竹串を差して中まで火が通っている事を確認すると、何の躊躇いも無く棚からすり鉢とすりこぎを出した。

「え!? ちょっとあんた何してんの?」

「何って、じゃがいもを潰すのよ。 マッシュポテト作るんだから」

突然登場したすり鉢とすりこぎに動揺する翠に、百合子は当たり前のように言う。
それを聞いた翠は溜め息を吐きながら道具棚の引き出しに手を掛けた。

「……あんたはマッシャーという物の存在を知らないようね」

ガラガラと音を立てて開けた引き出しから、翠はマッシャーを取り出して見せた。

「な、何よ! 別にすり鉢とすりこぎだって良いじゃない! 大切なのは芋が潰れるかどうかでしょ!?」

百合子は顔を赤くして、翠からマッシャーをひったくる。
すり鉢とすりこぎでも良いじゃないとか言う割にはそそくさとそれらを片付ける百合子の姿を見て、翠はやはりこの料理の行く末に一抹の不安を覚えた。













「それじゃ、お世話になりましたー!」

軽く一礼をしてから保健室の戸を閉めると、名塚は頭に氷嚢をあてている敬介の方を向き直った。

「でも、大した事無くて良かったな。俺すっげー焦ったよー!」

「俺の目にはそんなに焦ってるように見えなかったんだが……」

相変わらず緊張感の無い顔でけたけたと笑う名塚を、敬介はしらーっとした目で見た。

「でも今日は練習は止められてるし、どうするよ?」

「どうするもこうするも……止められてんだから仕方ねぇだろ。 豊島達んところ行って荷物取って部屋帰るよ」

敬介はそう言って肩に引っ掛けていた制服の上着を着ながら、ガレージの方へ向けて歩みを進める。
暫くして、ガレージの前に肩を寄せ合うようにして雑誌を読んでいる佳鶴と春代の姿が見えて来た。

「何だよ、お前らまだやってたのか」

「あ、お帰りなさい先輩達。 だって暇だったんですもん。百合子先輩もなんか怒って帰っちゃったし」

「それは大方お前が怒らせるような事言ったんだろ」

春代の説明に敬介は普段の彼女の言動から推測できる事実を述べた。

「じゃあ、やっぱり今日は練習中止かー。俺暇だな」

午後の予定がすっかり変わった事で、名塚は時間を持て余したようだった。
すると、春代は即座にそこに目を付ける。


「あ、それじゃあ皆でお買い物に行きませんか?
今丁度佳鶴先輩と行きたいお店チェックしてたんですよ〜!」

「断る。何で俺達までお前らの買い物に付き合わなきゃなんないんだよ」

敬介は春代の勢いに飲まれないよう、こちらも即座に拒否の姿勢を取る。
しかし、春代は突然不敵に笑い出した。

「ふっふっふっ……これを見てもそんな事を言っていられますかねぇ。特に名塚先輩は」

そう言って春代は何かのチラシのような物を出す。

「西地区にあるスイーツショップで、ただいま四人以上で行くと全品割り引きになるサービスが実施中なのです。さぁ、どうだ!」

「どうだとか言われても別に……」

「スイーツ全品割り引き!? 何それ行きたい!!」

春代はまるで何かの切り札を出したかのように高らかに宣言する。
敬介はその内容に対して興味も無かったので軽く流そうとした。が、名塚は違った。
驚いて敬介が振り返る間もなく、名塚は既に春代の持っているチラシを読み込んでいた。
名塚は食べ物には弱い。甘い物も例外では無いのだ。


「ふっふ〜ん、ハナっから辻堂先輩が引っ掛かるとは思っていません。 大事なのは多数決要員増やす事なのです」

「くそ……! 妙なとこだけ知恵働かしやがって……」

敬介は春代の戦略の前に唇を噛み締める。
そんな彼の心境等まったくお構い無しに名塚はその肩を掴んだ。

「辻堂行くよな? いや、絶対について来て貰うぞ! さぁ行こう!!」

「おい、こらふざけんな! 豊島! お前もこいつら止めてくれよ!」

「四人じゃないと割り引きになりませんから……ご協力お願いしますね、辻堂さん」

「豊島ーーっ!!!!」


三対一、人数もテンションも圧倒的な大差があり、結局敬介はノリにノッた三人によって半ば強制的に街へと連れ出されるハメとなった。
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