the Wonderful Days

□Act.6
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あれから数日、イスズはどうしたものかと半ば頭を抱えていた。




騒動があった次の日からイゾウが船に乗らないかと誘うのだ。

最初に聞かされた時は衝撃、そして困惑。

自分は船に乗るつもりはないとはっきり断ったというのに、会話のふとした瞬間で挟んでくる。




『誘ってくれるのは嬉しいけど、私はまだおじさんに恩を返し切れてないし島を離れるつもりはないよ』




そう言ったはずなのに。

まるで乗ると言うまで諦める気はないというように。




イゾウは一日と置かず、時間もバラバラにふらりと店へ現れては暫し話をして帰っていく。

時には朝、時には夕方、全く掴めないのだ。

気が向いた頃に来ているのか態とそうしているのか、イスズは振り回されている気分だった。




(何で諦めないんだろ。乗らないって言ったのに…)




ついため息を漏らすと、厨房で一緒に片づけをしていたネリアが視線を寄越す。

今日はもう閉店時間を過ぎて洗い物が終われば寝支度をして、ベッドに入るだけだ。




「ねぇ、イスズ」

『ん?』

「あの人のこと?」

『……うん』




カチャ、と皿を洗い終わった物の所へ置き、また次へ手を伸ばす。

流れていく泡に目を落とし、ここ数日で胸の内に溜まっている何かもこうやって流せればどれだけいいか、と思う。

思い悩む様子にネリアは苦笑して隣で皿を拭いていく。




ネリアの頭の中には、真剣な表情で言ってきたイゾウの顔が浮かんでいた。

今日も例の如く店にやって来たかと思うと、イスズが席を外した僅かな時間に言っていた。




「なァ、ネリア」

「なあに?」

「あいつはアンタに似てガードが固くていけねェな」

「ふふ、あたしの娘だもの当然よ。頑張って口説きなさいな」




清酒を煽り少しだけ参ったように言うイゾウに意地悪く笑う。




「……あの子をうちの人が拾ったのは聞いてる?」

「あァ」

「あの子ね、多分違う世界から来たんだと思うわ」

「………そいつァ、また」

「信じられないでしょ。でも本当なのよ。一年半くらい前だったかしら、店の裏に倒れていてね。気を失ってたからジェイドが連れてきたの」




語り出したのは聞いても教えられなかった、イスズの話。

最初にこの店で飲んだ夜と次の日、出身はワノ国に似ている所だとまでは答えたもののそれ以上は聞き出せなかった。

それを今ネリアが語っている。

イゾウは手を止めて耳を傾けた。




「衰弱もしていなかったし、ただ気絶していただけだった。だから少ししたら目を覚ましたけど、その時あの子は酷く混乱していたわ。此処は何処だ、って」

「まァ、そうだろうな」

「この島の名前と場所が新世界だってことを伝えても余計に分からない顔をしていたわ。あの子の世界には、そんな名前の島はないし、そもそも新世界なんて海も聞いたことが無いって言ってた」

「……」

「よくよく話を聞いてみたら、あの子は二ホンっていう国の出身でその国で働いていたんですって。だから珍しい服だったのね、あの子女の子なのにスーツだったのよ」

「…女がスーツかい。海軍でもあるめェし。確かに珍しいな」

「口から出てくるのは知らない言葉ばかり。話は出来るのにあの子の知っているものは此処には一切ないんだもの。そりゃ混乱もするわ」




グラスを拭く手を止めず、ネリアは続ける。




「一つずつ状況を説明していって、この世界であの子を放り出したら直ぐに人買いに攫われることは想像がついた。だからあの人は此処に置いてある程度は自分で身を守れるように稽古をつけ始めたの。今じゃ島一番の用心棒なんて言われるくらいになったわね」

「あァ、ありゃ驚いたぜ。流石にジェイドに鍛えられただけのことはある」

「そうでしょう。あの子、教えた分だけ強くなるもんだから、あの人も面白がって色々仕込んだのよ」

「それと気になってたんだが、あいつ覇気が使えんのかい」

「ええ、見聞色と武装色は」

「一年半でそこまでか。いよいよ只の女じゃねェな」




くつりと妖しい笑みを見せるイゾウを眺めるネリアは、反対に少し思いつめたようにため息を吐く。




「只の女じゃないってのはいいことかもしれないけど……あの子、此処を離れない理由は聞いた?」

「アンタ等に恩返しをする為だとか聞いたが」

「やっぱりね。前に一度、外の世界も見たくはないかって聞いたんだけど、まだ恩返し出来てないからいいって言ったの」

「…それで?」

「あたし達は恩を返させるつもりで世話をした訳じゃないって言っても聞かなくてねえ。ジェイドやあたしとしてはこの島だけじゃなくて、もっと色んなものを見て欲しいんだけど…。あの子強情だから」

「くく、強情なのは誰に似たんだか。…とどのつまり、アンタは俺に」




ネリアの話を汲んだイゾウは直ぐに表情を神妙なものに変える。

こういう時、自分の頭の回転が速くて良かったと思う。

同様に真面目な顔をするネリアは一つ頷く。




「そうよ。あの子に外の世界を見せてちょうだい」

「俺ァ海賊だぜ」

「でも貴方、あの子を連れて行くつもりでしょう?それに白ひげはジェイドの友人。友人の娘を悪いようにはしない筈だって分かってるもの」




その言葉から本当にイスズの事を実の娘の様に思っていることが感じられた。

加えて、夫の友人を心底信用していることも。




「こりゃ責任重大だねェ」

「頼んだわよ。それとあの子を泣かせたら承知しないから」

「肝に命じる」




いつもの余裕のある笑みを見せ、イゾウは答えた。

間を置かず答えたことに安堵のため息を吐き、ネリアも頬を緩めた。




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