the Wonderful Days

□Act.4
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昨夜、酒場は朝方まで営業していた為、今日は臨時休業の札を出していた。

窓の外で鳥が鳴いてもイスズは夢の中である。




それでも流石に10時を過ぎると部屋の空気も温まり寝苦しくなってくるので、起きるしかない。

目が覚めたばかりでしかめっ面になっているがいつもの事。

未だ眠い目を擦り伸びをする。




『……あっつい』




仕方なく寝間着から着替え、顔を洗う。

イスズの部屋は元々宿泊客用のものなので、洗面台やシャワーは完備している。

それを終えると朝食でも摂ろうかと一階へ下りて行った。




恐らく今日はジェイドもネリアも昼過ぎまで寝ているだろう。

昨日あれだけ働いたのだから偶には休みが必要だ。

普段食事は厨房の更に奥にあるダイニングで三人揃って食べることにしている。

だが今日ばかりは一人で食べることにした。




朝食の支度をしながら昨日のことを思い出し少し笑ってしまう。




あの後、大分酔いの回ったサッチを連れ帰る為、イゾウとマルコが二人がかりで抱えていた。

泊まっていけばいいとイスズは勧めたが、酔っ払いを置いておくと大変なことになると断られたのだ。

なのでエースを含めた四人共、本船であるモビーディックに帰ったはず。




(あの様子じゃ、サッチさんは二日酔いだろうな)




酒を嗜む大人なら誰しも一度は通る道だが、あれだけは本当にしんどいものだ。

胃がひっくり返るほど吐いても吐き気は収まらず、かと言って何か食べても直ぐにせり上がってくる。

半日は動けない。




何度かそういう目に遭って深酒はしないようにしている。

醜態は晒したくないものだ。




朝食を食べ終えたイスズは化粧もせずにそのまま外へ出掛けた。

元の世界に居た時は大人の女性として化粧は必須だったが、此方へ来てからは大してしていない。

それもこれも毎日のように繰り返していたジェイドとの訓練の所為だ。

体を動かせば大量の汗をかくのにそんなものをしていては邪魔になる、と考えた。

以来殆ど素顔で過ごしている。




露店が立ち並ぶ方へ行けば当然の如く声を掛けられる。




「お、珍しいなイスズ!今日は休みかい?」

『今朝まで仕事だったからね。臨時休業だよ、リンクさん』




道端で果物や野菜を売っていた男がにっかりと笑う。

その隣の露店からは白髪交じりの、ネリアより幾分年上の女性が呆れた声を出した。




「白ひげの奴等だろ?アイツ等のお陰でここいらの店は大助かりさ。まあでも、アンタはちょっとくらい休んだ方がいいよ。いーっつも仕事ばっかしてんだから」

『ははっ、耳が痛ーい。ちゃんと休んでるよ』

「嘘ばっか言ってんじゃないよ!この島に来てから遊び呆けてるとこなんて見たことないんだからね!」

『いやいやジェーンさん、ホント休んでるって。外に出ないだけ』




咎めているようでも気に掛ける言葉は嬉しいもので。

差し出されたパンを有難く受け取り、手を振ってまた歩き出した。





カフェや服屋が多い店とは別の道の、武器やその類の店がある方へ向かう。

今日は久々に愛銃と短剣の整備を頼もうと思っているのだ。

自分でも割と細目にしているつもりではいても、プロの目から見れば足りていない部分はある。

その為定期的に整備に出すようにはしていた。




馴染みの店の扉をゆっくりと開ければ、其処にはつい昨日見た姿があった。

ちりん、と小気味よく鳴ったベルの音で店の主人ともう一人が振り向く。




「イスズじゃねえか」

『おはよう、イゾウさん』

「ああ、おはよう。どうしたんだい?こんなトコで」




やや首を傾げるイゾウに、腰のホルダーを指差して示す。

収められている銃を見止めれば納得したのか眉を上げて頷く。




『おじさん、おはよ』

「おう、元気そうだな。あんまり来ねえもんだからまたこき使われてんのかと思ったぜ」

『来ないっつっても一ヶ月くらいでしょ』

「ちゃんと整備してやってんだろうな?お前さん、すーぐ手抜きしやがるからな」

『してますー』




不貞腐れて顔を顰めるイスズの頭を店主は手荒に撫でる。

いつものことなので抵抗はしないが髪の毛が崩れるのは少し気に入らなかった。

その様子をイゾウは意外そうに見つめ小さく笑う。




『?』

「いや、何でもねえよ。そうしてりゃ年相応だと思ってな」

『え、私老けて見えてたの』

「んなこと言ってねえだろ」




軽口を叩きあう二人を見て、店主はニタリと笑った。




「オメー等仲良いなァ」

「昨日イスズんトコで飲んだんだ。別に何もありゃしねえよ」

『そうだよ。昨日初めて会ったんだって』

「へェ、ふーん、そうかいそうかい」

『オッサンその顔止めれ』




イスズは呆れて言うがどこ吹く風だ。

終いには「後はお若いお二人で」なんて残して店の奥に引っ込んでしまった。




『ったくあのオッサン、言いたいことだけ言って…』

「ああいう奴なのか?」

『人を揶揄うのが趣味っていうか、まあそうだね』




初めてジェイドに連れられて此処に来た時の記憶が蘇る。

その時はやれ隠し子か愛人かなどと聞かれ、耐えきれずに出て行こうとした。

暫くこの店に足を運ぶうちあしらい方にも慣れて、今の様に言葉の応酬も出来るようになったがまだまだ敵いそうにない。

今まで色々な客の相手をしてきた末の賜物の様だが、ああなるには一体どれだけの人数をこなせばいいのか。




一つため息を吐いて横に立つイゾウを見上げる。




『そういえばイゾウさんも銃使うんだ』

「ああ。お前さんは銃だけじゃねえらしいな」

『目敏い…』




銃のホルダーのベルトよりずらして短剣も腰に差しているが、それはシャツに隠れて見えないようにしている。

素人であればまず気付かないが、流石にイゾウの目は誤魔化せないらしい。




『あのオッサンは銃の扱いは一流だけどね。剣やら刀は駄目だって自分で言ってんだ。だから別の店に頼んでる』

「此処から近いのか?」

『うん。行ってみる?』

「ああ、其処の腕が良いならビスタとハルタにも教えてやろうと思ってな」




成程、と納得した。

白ひげお抱えの鍛冶師も居るだろうが、普段は海の上。

矢張り潮風に当たってしまいきちんとした整備をしなければ錆びついてしまうのだろう。




幸いイスズが通う店は然程離れておらず、一本通りを入ったところに建っている。

其処であれば今此処にいないビスタとハルタの二人でも辿りつける。

イスズは店を出て簡単に道を教えながら、其処へ向かうことにした。




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