イケ戦 短編
□化けの皮
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五十鈴と舞が乱世に現れて凡そ一月が過ぎた頃、それは起こった。
広間に集められた武将達の表情は一様に硬い。
秀吉などは悔いても仕方が無いことを分かっていながら、それでも己を責められずにはいられなかった。
やり場のない怒りを堪え、垂れ目を限界まで吊り上げて上座を仰ぐ。
一見常と変わらぬ姿に見えるが、射抜くような眼差しからは静かな憤怒が読み取れた。
信長もまた、腸が煮えくり返っているのだ。
その一報が齎されたのは今しがた。
城下に下りると言った五十鈴の護衛に付けていた、秀吉の家臣からのものであった。
反物屋に寄った五十鈴を外で待っていると、暫く経っても出て来ないので不審に思い、中へ入ると。
その姿は何処にもなく。
それどころか居る筈の番頭や丁稚さえも消え失せていた。
只事ではないと護衛は直ぐ様城へ駆け戻り、事の次第を報告したのだった。
その護衛の男は顔面蒼白、最早土気色で頭を下げたまま、上げられずにいる。
秀吉の主君、信長の命を救い出し、城に留め置かれ、血統は明智に由来する謂わば一国の姫と同等の彼女の護衛をしていながら。
あの場で共に中へ入らなかったことを悔やんでも過ぎてしまったものは戻らない。
即刻首を斬られても文句など言えぬ、取り返しのつかぬことを仕出かしてしまった。
「事の仔細は分かった。光秀」
びくり、と全身を縮こめる家臣には目もくれず、信長は下座へ一声投げる。
あくまでも落ち着き払った光秀が答える。
「既に手の者を放っております。その反物屋の者全てが失せたとなれば、後ろに何某かの存在があると見て相違ないでしょう」
「ああ。……秀吉、貴様その面はどうにかならんのか」
扇を閉じ、畳に突き立てた信長は大きく息を吐き出した。
軋る程歯を噛み締めた秀吉が、座したまま額を畳みに擦り付けた。
「申し訳御座いません…!家臣の不始末は私の責!五十鈴を探し出した後には如何なる処罰をも」
「馬鹿め、俺が五十鈴に恨みを買う」
「しかし…」
「如何してもと言うなら五十鈴に罰を貰え。彼奴がその様なことを言い出すとは思えんがな」
その台詞で秀吉が黙り込んだのを見ると、広間へ目を戻した。
次いで集まった武将に指図する。
「光秀は引き続き賊を探せ。秀吉、三成、政宗は城下から範囲を広げろ。家康、貴様は彼奴が戻った時治療に当たれ」
「「「「「はっ」」」」」
短く返した武将達に頷き、信長は颯爽と腰を上げる。
そこで下座の末席で険しい顔で肩を震わせている舞を見止めた。
その表情から彼女もまた悔やんでいることを察した。
放って置けば秀吉達について城下へ捜索に下りていくだろうことも。
「舞」
「は、はい…!」
我に返り、立ち上がった信長を慌てて仰ぐ。
「天主へ来い」
「え…」
「良いな」
そう告げると今度こそ、障子を開け廊下へ出て行ってしまった。
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