the Accident Days
□if…1
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新世界、そこは前半の海を越えて来た猛者ばかりが集まる海。
その海で名を知らない者はおらず、最も海賊王に近いとされる男を乗せ、白鯨の船は今日も航海を続ける。
そろそろ島が近くなり天候も安定してきて、明日の朝、マルコ隊長が偵察に行くとか。
昨日の隊長会議で確かそう言っていた。
その間私の仕事と言えば、書類が溜まらないよう代わりに目を通しておくこと。
この船に乗ってから配属されたのは一番隊。
最初、イゾウについて来たのだから十六番隊ではどうかと聞かれたのだが、余りの書類の多さに一番隊を志願した。
だってあれだけの量を一人で熟していたらいつかぶっ倒れてしまう。
イゾウも特に反対せずに私がいいのなら、と言ってくれた。
そうそう、一緒に過ごす様になって呼び方も変えた。
いつまでも「さん」付けだと距離を感じるだの調子が狂うだの、上手く丸め込まれた気がしないでもない。
今日も今日とて各隊から書類を受け取りに回っている。
毎度提出が遅れるのはエース、サッチ、ラクヨウ、の三人。
『ったく、いっつもいっつも何遍言やあ分かんのよアイツ等』
「愚痴るのはいいが、場所を取んじゃねぇ」
そう言って机の上に伸ばしていた腕を退けるのはイゾウだ。
先程外から戻って来たと思えば、提出期限の迫っている書類に手を付けていた。
邪魔をしないように腕を引っ込め、細かく動く筆の先を眺める。
「何だい?」
『それ、もうちょっと先のやつじゃない?』
「今終わらせておいた方が楽だろ」
視線を落としたまま答えが返ってくる。
どうやら後に書類を残しておくのが嫌なようで、空き時間を見つけては進めているらしい。
いやはや真面目というか。
手も空いたしお茶でも貰って来ようかと畳に手をついて立ち上がろうとした。
しかしするっとその手は畳を突き抜けた。
『お?』
「あ?」
頓狂な声を上げた私を不思議に思ってイゾウも顔を上げた。
その顔は驚きに変わる。
珍しい、などと考える暇はなかった。
畳には底の見えない真っ黒な穴が開いていて、私の手はそれに吸い込まれている。
現在進行形で穴は広がり今にも体全部落ちそう。
『えっ嘘嘘っ何これ!?』
「っ掴まれ!」
伸ばされた手が空いた私の片手を掴む。
けれど穴の奥へ引っ張られ、イゾウまでもが引きずり込まれていく。
『離して!イゾウまで落ちる!』
「馬鹿かお前!離す訳ねぇだろう!」
『だって…!』
その後の言葉は続かなかった。
ぐ、と引っ張る力が強まり一気に穴の中に落ちた。
そこで私の意識は途切れてしまった。
*****
不意に感じた眩しさに瞼を押し開け、何度か瞬く。
横たわっているらしい私の目の前には同じように気を失ったイゾウがいた。
目の前が暗くなる前、握られた右手はそのまま繋がれている。
急に衝撃を与えないようゆっくりと体を起こし、辺りを見渡す。
何処か見覚えのある家具、調度品、部屋の造り。
眉を顰め、そしてはっとする。
見覚えがあるのもその筈、向こうの世界に行ってしまう前、私が住んでいた家だ。
一人慌てていれば気配に気づいたのかイゾウが目を覚ます。
「……ぅ」
『大丈夫?』
「…あァ。どう、なったんだ一体、」
頭を押さえ体を起こし、部屋の中を見渡していた。
そして警戒を顕わに私の方へ視線を戻す。
「何処だ、此処は」
『多分私の家…』
「イスズの?」
『うん。おじさんとおばさんに拾われる前、向こうの世界に行く前まで住んでた家。ほら、あの入り口のドアの所、柱に線が入ってるでしょ』
今居るリビングの入り口を指し、其処に引かれた何本かの細い線に目を遣る。
あれは昔両親が私の背を計ってカッターで彫ったもの。
小さい頃は事あるごとに身長を計っていたが仕事が忙しくなったり、私が大きくなるにつれてその機会も殆どなくなった。
けれど消さずにそのまま取っておいている。
他にも弟のものもあり、それは私の背を越した辺りで矢張り止まっていた。
『昔ね、父さんと母さんが私と弟の背を計って残しておいたんだよ』
「……そうか」
微笑んで言えば、イゾウも笑みを浮かべていた。
『それにしても何で急に元の世界に…』
「さぁな、そいつに関してはさっぱり分からねぇ。あの穴も急に出来たしな」
『ホント。冷や汗掻いたわ』
繋いでいた手を離し立ち上がって、部屋の中をうろつく。
カレンダーの日付を確認し、窓を開け外の様子も見た。
意外と几帳面な父は一日が終わると日付に斜線を引くのが日課だ。
それは今でも変わらないようで、今日が何時なのか確かめることが出来た。
外の様子も私が向こうの世界に行ってしまった時と何ら変化はなく、時折車や自転車の音が聞こえる。
ふ、と軽いため息をついてイゾウに向き直り肩を竦めた。
『あの穴が出来たのもこの世界に戻って来たのも、現状は分からないけど、どうする?』
「どうするったってお前ェ…戻る方法を探すしかねェだろうよ」
イゾウも立ち上がり言った。
そしていつもの彼らしくなく、やけに言いづらそうにすると、
「お前さん、元の世界に残るか…?」
『え…』
問われた質問の意味が分からなかった。
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