鬼女の徒然

□第一話
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異形なるもの 闇より生まれ 人間(ヒト)の畏怖と恐れを糧とする




第一話 鬼女の気紛れ









都内某所、ビルの立ち並ぶ一角にそれはある。

一見何の変哲もない会社に見えるが働いているのは皆、鬼である。




額から角を生やし、スーツではなく着物を纏い、背の高い者低い者様々。

それぞれ行き交い会話の内容も人間と変わりないが、確かに彼等は古来から日本に存在する鬼なのだ。

近年妖怪、又はアンブラと呼ばれる彼等の住処は失われ、こうして人間社会に紛れて暮らすことが多い。

この会社も行き場を失くした鬼達の隠れ蓑として立ち上げられた。




周囲には妖術がかけられ、例え人間が入って来たとしても同じ人間に見えるようになっている。

これだけ大規模に術をかけるにはそれなりの力を消耗するが、かけているのはたった一人。

会社の創設者であり、日本最古の鬼女、五十鈴である。




五十鈴は鬼の頭領として千年以上前から配下を従え生きてきた。

歴史上、鬼の頭領は酒呑童子とされているが本来は異なる。

それも五十鈴に脱走癖があり、細かい事を面倒がる為だった。




そうして今日まで生きてきて、五十鈴は社長の立場に酒呑童子を副社長の立場に置いている。




高層ビルの最上階、その全ては五十鈴の自室と化している。

毛足の長い柔らかな絨毯を大股に歩くのは件の酒呑童子。

後ろに付き従うのは右腕、茨木童子。

手には数枚の書類がある。




「おい、茨木」

「はい」

「彼奴ァちゃんといるんだろうな?」

「その筈です。今朝は出勤されてましたから」




暇さえあれば会社を抜け出す上司に頭を痛め、酒呑童子はため息を吐く。

千年経っても五十鈴の奔放さは鳴りを潜める気配を見せない。




特別重厚に作られたドアをノックもせず開き、二人は中へ入った。

そして奥にあるデスクを見て、硬直する。




「……」

「…おや」




あるべき姿はなく、そこはもぬけの殻となっていた。

直ぐに酒呑童子は部屋の中を探し回り、茨木童子は片付けられたデスクに目を遣る。

天板にぽつりと一枚だけ紙切れが置かれていた。




「あの馬鹿っ!ドコ行きやがった!?」




一人気炎を吐く上司に声を掛けた。




「酒呑童子様」

「ああ!?」

「これを。デスクにありました」




足早に近寄り、手荒くひったくると視線を落とす。

短い文面のそれを理解した酒呑童子は伸び出した歯を軋ませる。

読み終えた紙は皺になった部分から焼け焦がされ一瞬で塵も残さず消えた。




「…なぁにが、ちょっとロンドンに行って来るだよ!テメェのちょっとはちょっとじゃねーだろうが!!」




喉からは低い唸りが洩れ瘴気までもが滲み出ている。

茨木童子は一歩下がりながら、考える様に顎に手をやった。




「何かあったのでしょうか。ロンドンというと彼等のいる場所ですが」

「ンなモン俺が知るか!もういい、この書類は俺が片付ける!」




踵を返すと朱の髪を揺らし出て行ってしまった。

残された茨木童子の耳に小さな音が入ってくる。

後ろを向いても何もいないが下へ視線を向けると、己の影から黒く塗りつぶされた腕が伸びていた。




揺らめくそれは子供の様に細く、指先は尖っている。

鬼達はこれを影鬼、と呼ぶが普段ならば五十鈴の影に潜んでいる筈。

不思議に思い首を傾げた。




「五十鈴様について行かなかったのですか、影鬼」

「本体は、ついて行ったよ。ボクは分身」




影の中から聞こえる声は矢張り子供で、幼い男児のもの。

影踏み鬼という遊びから生まれた為に言葉遣いは幼く実態もないが、こうして影に関するあらゆる術が使える。

それ故伝言役として五十鈴は残していったのだ。

恐らくこの分身も少しすれば消える。




「五十鈴様がね、帰るまで会社は酒呑童子様に預けるって」

「そうですか。分かりました」

「酒呑童子様…怒ってたね」

「大丈夫ですよ。私から伝えておきます。貴方もそろそろ消えてしまう頃でしょう」

「うん。じゃあ、お願いします、茨木童子様」

「ええ」




茨木童子が頷くと黒い腕は霧散するように消え、己の影のみが残った。




誰もいなくなった空室で気紛れな主に苦笑し、目を細めた。




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