花嫁Knight

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後日、王宮ではリカルドが学会の報告をしていた。

その相手は現皇帝ロレンツォ二世。




ユーフレヒト帝国第25代皇帝であり、稀代の名君として名を馳せる男である。

今年50歳を迎えるにも関わらず威厳と知性を感じさせる双眸に、幼い頃より鍛え上げた躰は今尚衰えを知らず。

以前より減ってはいるが、自ら戦場に立つこともある。




ロレンツォはエルブ色の瞳を僅かに細め、目の前で報告する男の話を聞いていた。

臆することなく静かに語られるその内容によれば、先日の学会で発表したのは嘗て王宮で教鞭を執っていたジェドラルの養女。

イスズというこの国では聞き慣れない響きの名からするに、他国から流れついたのだろうと推測する。

そのイスズは始め、話は通じるが文字が読めず魔法も知らず、見た事も無い服装に身を包んでいたという。




不憫に思いアルビエンド夫妻が迎え入れたというが、あの二人なら容易に想像が出来た。

養女となり約一年でこの国の文字や習慣、魔法すらも会得してみせたらしい。

ここで、恐るべき吸収力だ、とロレンツォは素直に感心する。

ユーフレヒト帝国の文字は周辺国に比べ難しいとされることが多い。

幾つもの文字や数字を多用する為であり、またその言葉の組み合わせにより意味が全く異なる場合もある。

それをたった一年で完璧に習得できる者など、外交を重ねてきたロレンツォの経験でも皆無だった。




だがそれだけではない。

文字、魔法を使えるようになっただけではなく、炎の精霊王まで呼び出してみせた。

先日の学会で一人の貴族が上げた声は全く真っ当な発言であり、王宮が抱える一流の魔法使い魔術士でさえ最低三人でなくては呼び出せない。

一人で呼び出し、更には主になるなど前代未聞。

報告を聞きながら邪な考えが過るのを抑えた。




「報告は以上です」

「ああ、ご苦労」




ロレンツォは豪奢な飾りのついたひじ掛けに腕を置き、頬杖をつく。

そして何処か遠くを見るような目をするのだが思考に沈む前に、リカルドに呼びかけられた。




「陛下?」

「……何でもない」

「そうですか。では、私はこれで」




変わらない柔和な笑みを見せ立ち去ろうとする宰相の背に、低く声を発する。




「リカルドよ」




不意のそれに振り向いたリカルドは内心首を傾げる。

しかし表には出さず、あくまでも自然に答えた。




「どうされました?」

「その娘、お前はどう思う」




真っ直ぐに視線を向けるロレンツォの目は厳しいものだった。

その目を見てリカルドの胸に嫌な予感が湧く。

こういう目をする時は決まって良くないことを考えている。

長年の経験から解っていた。




「まさか、他国からの間諜、だと…?」

「有り得んことではない」

「確かにあの聡明さや技術には目を見張りますが、彼女を引き取ったのはジェドラルです。間諜かどうか見抜けない男ではないかと」

「そうだな。あいつは王宮の教師の中でも取り分け優秀だった。だが」




眉根を寄せ、険しい表情のロレンツォの頭の中でも様々な憶測が飛ぶ。

もしイスズが潔白だったとしても、優秀過ぎるが故に目を付ける輩が出ないとも限らない。

正に今、ロレンツォ自身がそうなのだ。




「あいつを騙せる程であれば、イフリートを簡単に呼び出せる程の魔力を持っているのであれば……分からんお前ではあるまい」

「!…陛下、それは……!」

「便宜上は何でも良い。その娘がそうでないとすれば、王宮に置いたままでも構わん」




暗にイスズを王宮内で監視すると言っているのだ。

王宮は広いがその分人の目は多分にあり、情報を盗み出すような行動をすればすぐに見つかる。

加えて魔法を使った後の痕跡を辿ることを得意とする者もいる。

それら全てを掻い潜って事を為すのは至難の業。




ロレンツォも報告を聞き、半分はその腕を国の為にと思っている。

それでも優先すべきはこの国の繁栄と安寧。

危険因子は芽を出す前に摘み取らねばと、皇帝としての判断であった。




リカルドは自分が反論しても覆りはしないと悟り、頭を垂れる。




「……すぐに書簡を」

「済まない」

「いえ、陛下のご判断は国を想ってのこと。彼女がそうでないことを願うだけです」




苦悩を押し殺した笑みを見せると、音も立てず静かに退室した。




気配が遠のくとロレンツォはは立ち上がり背後の窓枠に手を遣る。

鍵を開け、風を入れれば室内の重かった空気がほんの少し軽くなった気がした。




水を撒いたような空とは裏腹に、ロレンツォの胸の内は鉛色のままであった。




「赦せ…リカルド、ジェドラル」




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