神鳴り様が落ちてきた

□五
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二日後、モビーディックは島に着いた。

島に到着するとログが溜まるまでは出向しないのだとか。

ログとはその島が発する磁気のことで、航海士達が腕につけているログポースでその磁気を記録出来る。

そのログが溜まると自然と指針が向きを変え、次の島までの道を指す。




面白いものだ。

しかもこの新世界とやらでは一つのログポースに三つの指針があり、どの航路を選ぶかで大きく変わるらしい。

故に航海士の責任は重大。




上陸一日目は食料以外の物資の調達だとかで各隊は忙しくしている。

時間があるのは船番の隊くらいのものだが、その彼等も停泊中船の安全を預かるので実質暇ではない。

つまり私以外は暇ではない。




勿論、私も何か手伝うかと聞いたのだが特に無いとのこと。

白ひげに言えば、初めての島だから気にせず存分に楽しんで来いと言われた。





『そうは言ってもな…』




大方の船員が下りてしまったことで静かになった甲板の船縁に肘をついて、小さく呟く。

ただ島を見て回ってもいいが、さてどうするか。




思案しているといつもとは異なる服装に身を包んだサッチがやって来た。




「お?どうしたよ、五十鈴ちゃん」

『サッチか。いや、物凄く暇でな』

「暇ァ?島に行って遊んで来りゃいいのに勿体ねェ」

『そうは思ったが、明日ナース達と約束しているし島を見るのはその時でもいいかと思ってな』




そう言うとサッチはナースという言葉に飛びつく。

そうだ、この男はこういう奴だ。




「かァ〜!羨ましいねェ、オレっちも行きてェぜ!」

『なら一緒に来ればいいだろう』

「それもそうだが明日は食料調達だってんだよ。はーあ、ホントついてねェなー」




それで今日遊ぶつもりで服を変えてきたのだろうか。




「ってか、そんならよ、今からオレと下りねェ?暇なんだろ」

『……ああ、まあ、それもいいな』

「よっしゃ!じゃさっさと行くぞ!」




破顔したサッチは私の腕を取り、急かす様に引っ張った。

多少つんのめりながらそれについて行き慌ただしくタラップを降りる。




船の停泊する港から真っ直ぐ歩いた所に大きな街があった。

そこかしこに露店が立ち並び、時には高級そうな店もあるのでそれなりに栄えているのだと分かる。





『そういえば』

「どした?」

『サッチの隊は割り当てはないのか』

「あー、四番隊は食料調達だからよ。今日はナシ、んで明日」




そうだったのか、と納得した。

四番隊も今日は仕事が無かったらしい。

細かくは聞いていなかったから忘れていた。




「さーてと、五十鈴ちゃん、どっか入りてェとこあるか?」

『……そう聞かれてもな』

「んじゃ市場の方行ってもいいか?買い付けしとかねェといけなくてよ。その後、店見て回ろうぜ」




にかっと笑ったサッチに頷いて隣を歩いた。

周りは賑やかだがそれだけ人も多く、目を離してしまえば途端にはぐれそうだ。

並ぶ店を覗いては手早く買い付けを済ませ、明日来る者に渡すよう言付けていく。

流石に毎回しているだけあって手馴れていた。




この世界には尸魂界に無いものばかりで全て目新しい。

これだけ生きてきて大分落ち着きは得たと思っていたが、年甲斐もなく心が躍る。

サッチの邪魔にならないよう後ろから見ていると手招きされた。




「見たいもんとか欲しいもんあったら遠慮すんなよ!」

『ふ、そうする』

「おお!今日一回目の笑顔だな!」




大袈裟に不可思議なことを言うので顔を顰めた。




「五十鈴ちゃんあんま笑わねェだろ?だから貴重なんだよ」

『イゾウにも似たようなことを言われたな』

「ああ、あん時か。確かになァ、美人なのに笑わねェなんて勿体ねェぜ。その顔見せりゃ大抵の男はコロっと落ちるな!」

『はは、随分と落ちやすい男だな、それは』

「いやいや本当だっての!」




初めよりも空気が軽くなったことに少し気分が良くなり、次の露店へと視線を移す。

すると直ぐにそれに気づいて、さも自分が見たいとばかりに私の腕を引く。

こういう所がサッチの美点だろう。

他人に気を遣わせず場の雰囲気を察して動くことが出来る。




中々に出来る芸当ではない。




次に見た店は所謂装飾品を扱っていた。

だが手製の物のみであるのか、一つとして同じ形はない。

硝子細工の腕輪や太さがバラバラの金具を使った首飾り、様々置いてある。

露店なので流石に宝石の類は置いてないようだが、それでも目を引く程に綺麗だ。




『手に取っても?』




店主にそう聞けば快く了承してくれた。

壊さぬよう指先で持ち上げ、硝子の部分を指の甲でそっと撫でる。

日光を反射するそれは作り手の腕の良さも見て取れた。




「兄ちゃん、随分な美人連れてるな!アンタのコレかい?」




品を見る私を余所に店主はサッチへ話しかけた。

小指を二、三度折り曲げる仕草は確か…恋人、だったか。

うろ覚えだがその仕草は余りもう使われなくなっている筈だ。




「残念ながら違ェんだなこれが!そうだったらどんだけいいことか!」

「そんでも羨ましいぜ。見ろよ、さっきからそこらの若ェのがちらちら見てら」

「そうだろうそうだろう!だがまァちょいとばかしお灸でも…」




私に視線を向けていた町人へ絡みそうだったので、膝で足を蹴ってやった。




「あでっ」

『阿呆。一般人に絡むな。後でマルコに怒られても私は助けんぞ』

「ヒドイ!オレっち五十鈴ちゃんのために」

『はいはい、どうもありがとう』




雑に返しあしらうと泣き真似をしていた。




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