神鳴り様が落ちてきた

□三
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宴の準備が出来るまでまだ時間がかかるというので私はマルコの部屋に行くことになった。

サッチは料理人、コックらしく、厨房へ。




隊長格はそれぞれ一人一部屋与えられており、シャワー室とトイレも完備していると言っていた。

贅沢な。

入って見れば確かに十畳程の室内に加え、ドアが二つ。

物は少ないが壁に設置された棚には分厚い本が詰められていた。




マルコは仕事の続きをすると言い、机に向かった。

その間私は暇になってしまうが監視の意味もあるとかで大人しくしろとのこと。

何もせずじっとしているのは中々に辛いぞ。

此方の文字も殆ど読めないし、どう暇を潰せというのだ。




仕方なしにソファに横になる形で収まる。

横になると言っても、肘置きに足を乗せ、反対側に頭を置いている。

弓親が見たら行儀が悪いと怒りそうだ。




『マルコ、暇だ』

「俺は暇じゃねぇよい」




部屋に響くのはペンを走らせる音と時折紙を捲る音だけ。

外の喧騒も遠い為、小さくしか聞こえない。

出そうになるため息を堪えつつ天井の木目を数えていると、廊下から足音が聞こえた。




踵の高い履物の音。

女だ。

音が重なってはいないから一人。

ソファから身を起こしてドアに目を遣る。




「マルコ隊長、いらっしゃいますか」




ノックと共に聞こえたのは矢張り女の声。

ペンを止めたマルコは立ち上がりドアの方へ歩いて行った。




「ああ。……イザベラかい、悪いな」

「いいえ、なるべくサイズの合いそうな物を選んだつもりですが、合わなかったらまた言ってください」

「よい。あとコイツの部屋のことだが、ナースの方空いてるかい?」

「ごめんなさい。今の所いっぱいで…」




成程、私のことか。

マルコが受け取った紙袋は大きめで、一体何が入っているのやら。

イザベラと呼ばれた女の顔を見るべくマルコの後ろから覗いた。




「あら、そちらが」

「あ?大人しくしてろって言っただろい」

『私に持ってきてくれたのだろう?ならば私が礼を言うのは当然だ』




華奢な体に小さな顔、どう取っても美人だった。

私が出てくると彼女は笑った。

そこら辺の男は一発で落ちそうな笑みだ。




『桐島五十鈴だ。態々すまないな、ありがとう』

「いいのよ。此処は男ばっかりでむさ苦しいでしょうから、いつでもいらっしゃいね」

『ふ、そうする』

「綺麗に笑うのね。その方がいいわ」




少しだけ顔を崩して言うと…褒められた。

いや、美人に褒められると嬉しいな。




「その紙袋、貴方に合いそうな物を入れてあるの。マルコ隊長が珍しく電伝虫で連絡なんてするから何かと思ったわ」

『嗚呼、あのカタツムリか』

「私達より華奢だって言ってたから。そうねぇ、合わなかったら次の島で一緒にお買い物行かない?また言ってって伝えた後でなんだけど」

『だがそこまでして貰う訳にはな』

「暫く船に居るならあれだけじゃ足りないわ。大丈夫よ、親父様におねだりすれば」

『白ひげにか』




白ひげに強請る自分を想像して少し気持ち悪くなってしまった。

ないない、有り得ない。




『悪いが私は普段着物を着ていてな、洋服は余り着慣れないんだ。何処かで調達したいんだが』

「それならイゾウ隊長ね。あの人いつも取り寄せとかしたり、行きつけのお店があったりするから」

『男物だろう?』

「ううん、意外と女物らしいわよ、アレ」

『まぁ色は女物だったが。着崩し方が凄かったな』




胸元は開いてるわ裾は上げてるわ、原型は留めているがアレはいいのだろうか。

あんな着方は普通思いつかないだろう。

だが周りよりも小奇麗にしていたから気を遣う質のようだ。




「あれってやっぱり着崩してたのね。私達普段から洋服しか着ないから分からないのよ」

『見慣れなければそうだろうな』

「ね、やっぱり一度は一緒にお買い物したいわ。行きましょ」

『ああ、いいよ。これ助かる』

「困った時はお互い様よ。じゃあね」




一度ぱちりとウインクをしてイザベラは戻って行った。

美人は何をしても似合うな。

貰った紙袋を何処かに置こうと振り返ると既にマルコは書類に向かっていた。

どうやら私とイザベラの長話に付き合いきれなかったらしい。




ベッドの側に置き、机に近い方のソファに今度は腰を下ろした。




「やっと終わったかい」

『女の井戸端会議は何処の世界でも長いってか』

「よくあんだけ長く話してられるよい」

『男には分からん感覚だろうな』

「全く分からねえよい。ソレだって受け取って終わりだろうに」




マルコは背凭れに肘をかけて此方を向いていた。

先程までしていなかった眼鏡をかけている。




『男と女の違いだな。話を聞くのも心を開く術の一つだぞ、小僧』

「小僧は止めろい」

『私から見れば皆赤子だな』

「赤子って…」




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