ベイカー街の亡霊と迷宮の十字路
□ベイカー町の亡霊
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「すぐに会場に戻らなくてはならない。
さっさと言ったらどうだ、ヒロキから託されたDNA探査プログラムをいくらで売るつもりだ?」
「私は貴方を強請るつもりなどありません。
ただ、償って欲しいだけです」
「ヒロキは知ってしまった。
シンドラー帝国を崩壊させてしまう貴方の秘密を」
「…」
「しかし人工頭脳はヒロキの力が無くては完成できない。
貴方はヒロキにハードワークを課して完成を急がせた」
樫村はシンドラーから視線を外し、何か思い耽るような表情をしながら話を進める。
「精神的に追い詰められたヒロキは…人工頭脳が完成した暁には貴方に殺されると思った」
シンドラーはちらりと自分の左手を見る。
手の中にはストップウォッチが握られていた。
「だから、自分の分身とも言えるノアズ・アークを電話回線に逃がし、マンション屋上から身を投げた…」
この言葉を最後に、2人の間に少しの沈黙が流れた。
そして再び樫村が口を開く。
「それからしばらく経って、私のコンピュータにDNA探査プログラムのデータが侵入しました」
それはヒロキの意志を継いだノアズ・アークの仕業…。
樫村にはヒロキの魂の叫びに思えた。
「償いはする…全てを公表してどんな裁きでも受けるつもりだ…」
シンドラーは、その前にノアズ・アークが樫村に送ってきたというDNA探査プログラムを見せて欲しいと言った。
樫村は償いをすると言ったそのこの言葉を信じたのか、見せるためにシンドラーに背を向けコンピュータに向かう。
その瞬間、シンドラーの顔が豹変した。
両手に手袋をはめ、袖口からきらりと光る短剣を取り出した。
そしてゆっくりと樫村に近づいて行く。
樫村はキーボードを叩いているためそれに気付かない。
「これこそまさに、時を超え現代に運ばれてきた、ロンドンの亡霊…」
プログラムの準備ができたのか、後ろを振り向く。
しかし気づいた時には既に遅く、ドッと鈍い音を立てながら短剣は樫村の心臓を貫いた。
シンドラーは急いでコンピュータのドライブにディスクを挿入した。
コンピュータの画面に赤いドクロの画像が表示されたのを確認し、再びディスクを取り出す。
そして未だ樫村に突き刺さっている短剣を抜き、傍に置いてあったティッシュで血を拭き取る。
ティッシュはその場に投げ捨て、シンドラーは部屋を出て行った。
「くっ」
シンドラーが出て行ったのを確認し、樫村がゆっくりと目を開けた。
呻き声を上げながら、血で染まった左手でキーボードを叩く。
3つ目のキーを叩いたのち、左腕はずるりとキーボードから離れた。
その様子を、水槽の中の魚たちだけが見つめている。
こぽこぽと水の音が聞こえた。
そのときカッとコンピュータをディスプレイが光り出し、周りのサーバーの電源が立ちあがり始める。
≪我が名は、ノアズ・アーク…≫
コンピュータを明かりが、静かに樫村を照らしていた。