黒子のバスケ

□10年後、またここで
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3つセットしてある目覚まし時計が一斉に鳴り響く朝。

俺、日向順平は今日も一人では少し大きすぎるベッドから目覚める。

眠たい目をこすりながら着替え、朝飯を済ませ、身支度を整えて家を出るのが6時半。

今日も俺の勤め先であり、母校でもある誠凜高校では男子バスケ部が練習に励んでいる。


「今日の朝練はここまで!一年は急いで片付けてコート整備に入れっ!あと、佐藤と宮原は残れ。以上解散っ」

俺がそう叫ぶと、生徒達は一斉に挨拶をして動き出す。

「監督、何かありましたか?」

そう声をかけてきたのは先ほど残るように行ったマネージャーの宮原。その後に続くのは主将の佐藤だ。

「あぁ、少しな。月バスの高校生特集がWC前に組まれるのは知ってるか?」

「あ、はい。去年もありましたね」

そう答えたのは佐藤。

「あれの取材願いがうちにも来ていてな、」
「えっ!?まじですか!?」

話の途中に目を輝かせて飛びついたのは宮原。やはり女の子。取材と聞けば心が弾むのだろう。

「あ、あぁ。月バスの記者にちょっとした知り合いがいて断れなくてなぁ。悪いが今日の練習、少しだけ抜けて取材に応じてもらえるか?」

苦笑いしながらそう頼むと、二人は1度顔を見合わせてから、やりますっ、と元気のよい返事をくれた。

「悪いな、頼んだぞ」と言って体育館から出る。

職員室へと向かいながら小さくため息をつく。

まったく、桃井の無茶振りにも困ったものだ。学生時代ライバル校の諜報部員だった彼女を思い出して少し気が重くなる。――そう、もう10年が経ったのだ。


俺はもう、ボールを追いかけて走り回る側ではなくなった。

やりがいを感じている教師という仕事だが、学生時代の思い出が詰まったこの場所で、青春の真っ只中にいる生徒達を見ると、たまに少しほろ苦いような気持ちになる。

10年前、一緒にこの廊下を歩いた彼女は、遠い空の下。

離れていて壊れるようなもろい関係ではないが、毎日を彼氏と、彼女と笑いながら過ごす生徒達を見ると、年甲斐もなく寂しさを感じる。

そんな事を考えていると、無意識のうちに左手の薬指にはまった指輪をいじっている自分に気が付いて苦笑いした。



職員室に戻ってケータイを確認すると、一通メールが届いていることに気が付く。

差出人は、愛しい俺の、――奥さんだ。



FROM リコ
 
やっと今日の練習終わったわー

もうマジ死にそうw

あ、でもね、いいお知らせ!

日本でバスケのイベントがあるじゃない。あれにうちのチームも参加するらしいのよっ!

やっと日本に帰れるわー!!!

待っててね。

浮気しちゃやーよ?(笑)

リコ



メールを見て、小さく笑った。

その様子を見られたのだろう、横の机に座る
同年代の男性教師がニヤニヤしたまま話しかけてきた。

「なになに?日向先生、ニヤニヤしちゃってっ!あ、噂の単身赴任中の奥さん!?」

「あー、そうそう、奥さんだよ」

そう、軽く流しながら席を立って担当する教室に向かう。

そうだ、今日は中間テスト返却しなきゃだな。



そのときの俺は、明日東京で、アメリカのプロバスケチームのイベントがあることも、我妻がなんとも捻くれた悪戯が好きなことを忘れていた。



本日最後のチャイムがなる。

「今日のトコ、復習しとけよー?」

そういいながら、教室を出る。

おっと、急がないと桃井がうるさいな。

そう思いながら、体育館へと急ぐ。


「あ、日向さんっ!お久しぶりです!!」

体育館に入った瞬間、そう俺に声をかけたのは、相変わらず抜群のプロポーションを有する桃井さつき。

パンツスーツに仕事用と思われるブランド物のバッグを肩に担いでいる。

「おー、久しぶり」

「んじゃ、早速取材させてもらっていいですか?」

「主将とマネージャーでよかったよな」

「はいっ、そうです。イーグルアイと高い俊敏性を持つ佐藤くんとデータ分析において現在の高校バスケ界において右に出るものはいない、と言われる宮原さんっ!」

こう聞いてると、まるで桐皇時代の青峰と桃井みたいだな。

そう思いながらご指名の佐藤と宮原を呼んでやり、体育館の片隅で取材が始まる。

俺はそっちが気になって集中できていない他の部員に檄を飛ばす。

「おい、お前らっ!外周行きたいのか!集中しやがれ!!」

「えー、監督っ!やっぱ気になりますよ!」

「つーかあの美女誰っすか!なんか親しげでしたけど!」

そう言って俺を取り囲む3年の連中にため息を吐く。

「月バスの記者だよ。高校時代の知り合いだ」

うわ、マジでっ!?っという声が響く。

まぁ、そうだよな。

お前ら健全な男子高校生だもんな……。10年前の自分を見ているようで、桃井を見て騒ぐこいつらに懐かしい気持ちになる。

すると、もう取材は終わったのか、桃井から声がかかる。

「日向さーん!写真撮りたいんですけどいいですか〜?」

「おー、別にかまわねーよ」

「ありがとうございます!あ、あと、写真撮ったあとに日向さんの取材するんでよろしくです!」

「おー、っては!?聞いてねーぞ!?」

「当たり前ですよぉ、今はじめて言いましたもん」

「なんだそれ!」

そう叫ぶ俺を無視して桃井は練習風景を写真に収め始める。

はぁ、しょうがねぇ。こういうときのコイツはリコと一緒だ。こっちの言うことに聞く耳なんか持ちやしねぇ。


そのまま、指示を出し、適当に取材に答えていると、練習開始から1時間が経過していた。

そのままうちの連中を取材していた桃井がふと腕時計に目をやり、

「そろそろかな?」と呟く。

なんだ?、そう思ったときだった。

突然体育館の入り口付近で喚声が上がる。

「おー、やってるやってる」

「つーか何で俺まで連れてくんだよ、火神ぃ」

「どうせ暇してんだろーが、ちょっとぐらい付き合え、アホ峰」

「んだと、バ火神っ!」

懐かしい声。

十年前の生意気な後輩と、そのライバルだった桐皇のエース。

「なぁ、あれってやっぱ、そうだよなッ」

「だよなっ!NBAの青峰大輝と――」

「火神大我だっ!!」

「やべぇ、なんでこんなとこに!?」

騒がしくなる生徒達。

ギャースカ喧嘩している、懐かしい後輩。

そして馬鹿二人の喧嘩をとめる、愛しい彼女の声。けれどそこからつむがれる言葉は相変わらず恐ろしい……。

「こらっ!バ火神もアホ峰もうるさい!明日の基礎メニュー倍にするわよ!?」

「うぇー、そりゃねーぜ、コーチ」

「あ、もう、すんません。カントク……」
そのやり取りは、彼女がここの監督だった時と変わらない。


「リコさん!青峰君!かがみん!久しぶりー!!」

「はぁ?なんでお前がここにいんだよ。さつきぃ」

「仕事っ!リコさんっ、このガングロクロ助がお世話になってますっ!」

「ガングロ……あははは!!!」

「笑うんじゃねぇ!!ばかがみ!!つーか、何だそのネーミングは!さつきっ!」

勢いだけの会話。

声をかけるタイミングはかっていた俺と、リコの視線が交わる。そしてその瞬間、あいつはこちらに向かって走り出す。

「順平ッ!!」

そう叫んで俺に抱きついたリコを何とか抱きとめる。

「……おい、リコ、お前。みんな見てるぞ?」

「うるさいっ!先にいう言葉あるでしょう?」

「はぁ……。おかえり、リコ」

「っ!ただいま!!」

その言葉とともに俺から離れ、満面の笑みを浮かべた。



周りの生徒達から「監督やるぅ」とか「奥さん美人ッ!」とか冷やかす生徒達に外周10週の死刑宣告を受け渡すのは30秒後。

爆笑している火神と青峰に鉄拳を食らわしたのは、2分後。

青峰と火神が1on1を始めるのは20分後。

そのプレイに生徒達が目を輝かせるのは25分後。

そのプレイにリコが駄目出しをするのが30分後。

ドリンクを作っていた宮原がリコの存在に気付いき、異常な興奮をみせるのは、あと。
桃井が持ってきた月バスのあおり文句に生徒達が爆笑するのは、あと。

佐藤の取材の記事を読んだリコがからかいの電話をかけてくるのは、あと……。



→桃井の記事
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