シンジャ小説
□勘違い
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日曜日。
時刻は夕方の6時半。
妻のエスラはママ友と出掛けていて、代わりに今日は俺がスーパーで買い物をしている。
恐らく高校生になる息子は家でゲーム中だろう。
どんなものを買うのかは決めていないが、ひとまずスーパーのカゴを手に取る。
………何作ろう。
しばらく立ち尽くしながら悩んでいると、知らない女の子から声をかけられた。
「あの…すみません」
「ん?どうしたんだい?」
俺に話し掛けてきた短い髪の女の子は、どこか見覚えのある制服を着ていた。
なぜ見覚えがあるのかが引っ掛かったが、自分の息子と同い年ぐらいだということに意識はすぐに向かっていた。
女の子はなぜか不思議そうな顔をして、俺の顔を見つめている。
どう対応するか考える暇も与えず、女の子は口を開いた。
「その…どこかでお会いしたことがありますか?」
「……それは…ナンパかい?」
普通だったら、以前会ったことがあるかどうかの問いかけにしか思わない筈だった。
だが、あまりにも彼女が熱っぽく言うからそう思ってしまったのだ。
ナンパにしては古典的すぎる気がしなくもないが、そこは気にしないことにした。
「えっ…あ…ち…違います!」
耳まで真っ赤にしながら必死に否定する姿は可愛らしいものだった。
反応が少しエスラに似ている。
なんだか急にエスラに会いたくなってきたな。
「からかってしまってすまない、可愛らしいお嬢さん」
「…なっ…あ…アンタ馬鹿じゃないですかっ!」
おぉ、少しどころじゃないな。
エスラにそっくりだ。
「…以前俺と君は会ったことがあるのかい?……残念ながら俺は君と会った記憶がないんだ」
「…それが…その…私もよく分からなくて…。失礼でしたよね、すみませんでした」
そう言うと彼女はしゅんとして、少し落ち込んでしまったように見えた。
「……君、名前は?」
「あ…ジャーファルです」
「そうか、俺はバドルというんだ」
まだ彼女は下を向いている。
「通っている学校は?」
「……………」
彼女は顔を上げた。
それはもう不審者を見るかのような目をしながら。
「あ、いや変な意味じゃないんだ。俺の息子と年が近そうだったからつい…」
「…息子さんがいらっしゃるんですか」
かなり驚いていることが口調から伝わる。
「あぁ!少し元気すぎるぐらいの子だけどな!」
「…それは…素敵ですね」
その言葉は彼女が本心から言っているのか、偽りから言っているのかどちらともつかないようなものだった。
「シンドリア…」
ぼそっと小さく彼女は呟いた。
「シンドリア学園?」
「ぁ…はい…」
「俺の息子と同じ学校じゃないか!」
道理で彼女が着ている制服に見覚えがあった訳だ。
「そうなんですか…?」
「あぁ、もし学校で息子に会ったら仲良くしてやってくれ」
「…はいっ!」
満面の笑み。
とても嬉しそうな笑顔だ。
「良いお返事、どうもありがとう。…そろそろ失礼するね」
早く帰らないとそろそろエスラも帰ってくる時間だ。
夕飯が遅くなってしまう。
「あの…ありがとうございました!」
「またね、ジャーファルちゃん」
「………はい…また…」
俺が後ろを向いた瞬間、彼女が今にも泣き出しそうな顔をしていたことは知る由もなかった。