ワンパンマン2
□ただ黙して去っていく
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ただ黙して去れ
至って普通の娘っ子である私は、妙に単純な男と、彼の宇宙船で暮らしていた。
男の名前はボロスといった。戦闘狂いの宇宙の覇者様で、単純というのは、戦うことしか考えてない、ということであった。
あるとき宇宙船が着陸できなかったことがある。重力がすごくてうかつに近づけなかったのだ。
「ボロス様、これは無理でございます。破壊光線を撃ってしまいましょう」
「あの中にいるかもしれないんだぞ」
俺より強いものが。
これが男の口癖だった。そしてそう言って、彼は単身で星に行き、あっさり降伏させてしまった。
「…つまらないな」
これもまた、彼の口癖だった。
ボロスとの出会いも、また単純な彼の動機からだった。私はかつて、生まれた星の居酒屋で店員をしていた。
居酒屋といっても、客は大統領から成人したばかりの女性まで、多種多様であり、また、その「種」を探ってはいけない特別ルールがあった。
だから彼のことも、一人でくる常連さんだなあ、ぐらいにしか思っていなかったのだが。
ある夜、テラスで一人飲んでいた彼にお酒を運んだ。
「ではごゆっくり」
「…」
彼は私を一瞥してから、また強いお酒をぐびりと飲んだ。
いつものことだと暗い廊下まで戻ったとき、いきなりダンッ!!と廊下の壁に押し付けられた。
相手は先ほどまで後ろにいたはずの、彼。
「おとなしくしろ」
耳元で囁かれた言葉に警戒音が頭の中でわんわん鳴り響く。
女というのはこういうとき、二種に別れる。
そのまま相手の言いなりになるか、怒鳴り散らすかで…
私は、後者だったのだ。
「ッ何するのよ!」
そのまま目の前の顔に拳を叩き込もうと手を振り上げるが、流石にそれは彼に止められてしまった。
「…俺に逆らうのか」
「貴方が普段どんな方かは知りませんが、ここはそういうのが通用しないお店なので…!」
捕まれた手がびくともしないことに流石に焦ったが、彼はパッとその手を離した。
「…では、続きは外でしよう」
なにやら不穏な呟きが聞こえた気がしたが、私は「お引取りくださいませ」としか言うことができなかった。
しばらく外出中は警戒していた私だったが、一ヶ月もするとそれは薄れてしまい、ちょいちょい裏道を通るようにもなった。
…その油断が大敵だったわけで。
再び私は壁に押し付けられていた。
「攫いに来たぞ」
「何泥棒みたいなこと言ってるのよ。さっさとどきなさい」
「勘が鋭いな。知っていたか?」
「は?」
「…まあいい。とりあえず」
来てもらおう、と言った直後、何かがせりあがってくる感覚がするの同時に、私は意識を飛ばした。
殴られたと知ったのは次に目をさめたときで、その後すぐに殴られたほうがましと思える行為を強いられたのである。
***
「俺は宇宙盗賊団の長のボロスというものだ。女というのは、面白いものだな」
「うっさいわよ…」
名前を知ったのは、女としての尊厳が奪われた後だった。
死んでやろうかと舌に歯をのせたが、一瞬速く彼の指が口の中に入ってきた。
なめてるのも気持ち悪かったので、すぐにペッと吐き出した。
「こうみえても金には困ってないぞ。ここに住め」
「金にはこっちも困ってないわよ」
「悪いがお前の金はすでに奪ってある」
「あんたやってることせこいわね!?…まあいいわ。とにかく家に帰しなさい」
「それはできない」
至って真顔なボロスとの間に、冷たい風が吹いた気がした。
「…何?私を殺すの?」
「殺すならもう死んでる。…ああそうか。お前はまだ見てなかったな」
ぺらり、と一枚の紙が目の前に出された。
どうやら契約書のようだ。調印した者の名前は…大統領?
あわてて本文を読み上げる。
「『わが国は、宇宙盗賊暗黒ダークマターに従属し、さらに貢物のとして一人の国民をささげることを誓う』」
従属?いや、それよりも…
「…貢物?」
「ああ」
「…もしかしてそれって私?」
彼は真顔のままうなずいた。
「ああ」
…
「ッはあああああ!?」
***
そんなわけで、私は見事に国に売られてしまった。
大統領のはげ頭を思い出すだけでムカムカしたが、宇宙船で特別酷い扱いをされなかっただけ、気分はましといえるだろう。
ボロスに愛を囁かれたことはない。だから私の扱いは…大変不服だが「妾」ということになる。
「じつをいえば、俺は周りにすすめられたからもらってみたのだ」
と、ボロスは最初の夜の後、放心状態の私にいった。放心状態じゃなかったら本気で殺しにかかっていた。
そこで無邪気な男だ、と思えたら大人だったのだろうが、残念なことに私はそこまでできた人ではなく、徹底的な無視にうつった。
それが不満だったのだろう。無視期間が三日すぎた後。
…また無理矢理だった。
がっくし落ち込む私を放って、彼は宇宙を見つめる。
「…女というものをはじめて貰ったが「奪ったんでしょうが」…雑魚と戦うよりは楽しいかもしれん」
「…戦う?」
「ああ、俺は」
戦うためだけに生きている。
そういった彼をみて、初めて私は、こいつはただの大きな子供なのかもしれないと気がついた。
するととたんに、世界ががらりと色を変えてしまって、彼にほだされてみるかなあという気持ちになったのである。
…まあ、あんまりほだされても癪なので、彼のことは『一つ目』とだけ呼んでいたが。
そこからは特に不満はなかった。
ほしいというものはくれたし、仕事だってもらった。
むろん、ときどきボロスの身体から血のにおいがにおったりして私は鳥肌が立つことがあったが、その退屈そうな顔を見ていると、どうにかして楽しませてやろうと様々な話をきかせてやった。
意外と彼は、御伽噺を気に入っていた。
***
そして今、ボロスは運命の宿敵の手によって死に掛けている。
ああ、こんなに真っ黒こげになってしまって。
「…名無しさんか」
「ええそうよ、一つ目」
「危ないぞ」
「残念ね、もうどこにいても危ないの」
「…そうか」
地球の空気が合わないのか、何故か視界が歪んでいく。
「…お前の泣き顔は初めてだ」
「見えてないくせに強がってんじゃないわよ」
「ああ…残念だ」
お願い、もうちょっと。もうちょっと一緒にいさせてよ。
「…遺骨、うめてほしい星はある?」
「そんなもの、あるわけないだろう。地球でかまわない」
「ああ、そう…」
「…いや…やはり、お前がいくところに連れて行け」
「…今度は私が一つ目を攫うのね」
「……お前といるときは、心地が良かった…」
「あなたといる時はいつだってハラハラしっぱなしだったわ、こっちは」
「…」
「一つ目…?」
「…」
「…」
「…」
「…そう、あなたってどこまでも自分勝手ね。こんな右も左もわかんない星に、おいていくんじゃないわよ、馬鹿、馬鹿、馬鹿ボロス」
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