ジョジョ
□アイス抹茶ラテ
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私は抹茶ラテが好きだ。
飲む前まではそのお洒落な名前に戸惑って目にも入れなかったくせに、一度飲んだらもうだめだった。何これめっちゃおいしい。
過酷で残酷だったエジプトの旅から帰って来て、一番最初にはまった飲み物だった。
でも私がこの古ぼけているくせに最新の飲み物がおいてある喫茶店に入る度、抹茶ラテを頼むのは、めっちゃおいしいからではない。
いやもちろんおいしくなきゃ頼まない。抹茶の渋みと濃厚なミルクの組み合わせは最早罪だと思っている。
ただまあ、もうひとつ。私は馬鹿らしい理由を述べなければいけないだろう。
カランコロンと可愛くも素朴な音を鳴らして、その喫茶店に入った。今日も今日とて、誰もいなかった。
「マスター、アイス抹茶ラテ」
「はいはい」
慣れた様子…というかもう私が入ってきた時点でマスターはミルクを取り出していた。むむむ。
でも今日はちょいと違うのだ。
「マスター、もう一杯つくって」
「…二杯も飲むのかい?お腹壊すよ」
「大丈夫大丈夫!我が胃袋をなめるな!」
「ふふふ、常連の名前ちゃんには敵わないなあ」
少し笑って、もう80になるマスターはもう一杯作り始めた。抹茶成分とミルクをいれるだけで構成されるそれに、細かい氷をいれていく。
「はい、お待たせ」
「ありがと!マスター」
両方受け取った私は、お客さんが他にいないことを感謝しながら、それを隣の席においた。
マスターは目をパチクリさせる。
「…誰か来るのかい?」
「あは。来てくれたらいいのにね」
本当、来てくれたらいいのに。
空っぽの席を眺めながら、私はゆっくりストローに口をつけた。
「あまーい!マスターのつくる抹茶ラテほんとおいしい!」
「おや、嬉しいこと言ってくれるねえ」
「うん、おいしい。もっとはやく、ここに来れたらよかったのに」
「…名前ちゃん…?」
マスターには曖昧に微笑んでおいた。
マスターも、それ以上は何も言わなかった。
私は意を決した。
大きく息をすって、少し量が減ったコップの中をみる。
少し溶けた氷が、抹茶の緑でキラキラひかった。
キラキラ
きらきら
まるでエメラルドだなあって、初めて飲んだ時にも思ったんだ。
夜空に浮かぶ、あの緑の宝石。
エジプトの夜は寒くても、蛍みたいに淡く光るそれを、貴方が出してくれたから、何も怖くなかったの。
ねえ、私、後悔してることが、あるのよ。
こんな抹茶ラテのために、アルバイトしなくちゃいけない、悲しい高校生の身の上だけど。
あなたに、孤独だったあなたに、どうしてすぐに愛を伝えられなかったのかなあって。
いつのまにか氷は全部溶けていて、エメラルドも消え失せていた。
それでも私は、隣にあったもう一つのグラスにグラスをカンッとあてていった。
「のりくん。誕生日おめでとう」
貴方の作る緑の世界が、この世のなにより美しいと思っていたよ。