ワンパンマン
□星の降る夜
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時刻はかれこれ十二時を回ったころでした。林泉をつつんだ闇がひっそり息を呑んで、私を見ていると思うくらい、静かな夜でございます。
森の、ちょうどてっぺんくらいにある原っぱで、静かに横たえていると私の頭上を幾多の星が流れていく。そんな幻想を抱くほど、夜空も澄み切っていました。
「明日は、風が強いんでしょうね」
まるで私は内緒話のように、一人呟きました。いえ、確かに。内緒話だったのでございます。
何故か、と申しますと、口にするのも憚られるのですが、私はいわゆる、『怪人』つまり追われるものだったからです。
『怪人』といいましても、実のところあまり人だったころと変化はございません。ただ小指ほどの角が二本、生えてしまっただけなのでございます。
しかし私はそれが悔しくて悔しくてなりませんでした。
全てのことが、私は主人公の傍にはいられない、と笑っております。力になれない、と人差し指を私に向けております。
主人公、つまり、ヒーロー。その名を申すべきか、私には判別がつきません。
彼との出会いを今の私が申し上げようとしましても、胸と頭と、生えたばかりの角がずぅんと重くなったように感じてしまって、うまく言葉にできません。
ただその瞬間に、彼が私にとってのヒーロー、想い人になってしまった事実のみ、きらきらと心の奥で輝いているのです。
ともかくその彼は、いつでも高みを目指す人でした。妥協はひとつとしてございません。
しかし悲しいかな、目指して目指して目指して気がついたら、後ろにだぁれもいなくなっていたのでございます。
富士に上っていると本人も錯覚していたのでしょうが、実際には月まで飛び立っていたのですから、当たり前といえば当たり前です。
私はその様子を、しっかり地面に座り込んだままずっと見ていました。
首が悲鳴をあげても、目が太陽に焼かれても、ずっとずっと見ていました。
ですが彼もまた、上しかみてないお人でございましたから。
きっと、それはご存じないことでしょう。
孤独になってしまったあのお人は。
嗚呼月、といって思い出すのですが、彼には一人、三日月の目をもつ弟子ができました。
それはそれは優秀な弟子なのですが少し融通の利かないところがございまして、五つも年が上ですと、それがどうにも可愛くて仕方がありませんでした。
会った当初は弟子もまた、富士の頂上を狙う人でしたから、月にいる彼を呆然と見ておりましたが、「ならばジェットエンジンをつければいい」と、我武者羅にがんばっております。
その様子が、私には眩しくて眩しくて。
また、恐怖もしたのです。このままでは彼もまた、太陽へ軽く弾んでしまうかもしれないと。いよいよ私は、一人っきりになるかもしれないと。
そう思ってしまった次の日の朝、このような可愛らしい角が、生えておりました。
まるでお菓子のようだと笑って、笑った後、私は静かに自分の家を走り去って、一週間前、この遠く離れた山へとたどり着きました。
不思議と、おなかは減りません。まだ、減りません。
「あら、流れ星」
幻想が本当になることは、時としてございます。今のように。
ですが、孤独な彼の隣にいるという甘く、遠い幻想は、このように人の道を外れても叶いそうにございません。
私の目からも、星がおちます。
ぽたりと垂れたそれは、露となって草の涙になるでしょう。
少し、眠たくなりました。
閉じた世界で、月は見えるでしょうか。
ゆっくりと、私は瞼を下ろしました――。
「こんなところで眠ったら風引くぞー」
「…っえ、」
明けた世界に、サイタマがいる。彼がいる。
いつものヒーロースーツで。いつものとぼけた顔で。いつものように。日常の延長戦のように。
「なんで、ここに」
「だって待てども待てどもお前来ないから」
迎えにきた、だなんてこともなげにサイタマは言うのだ。
「しっかしなんでこんな山の中にいんだよ」
蚊がウゼェとポリポリと頭をかくサイタマに、私は何もいえなくなる。
「おら、ジェノスもお前のこと待ってんだ。さっさと帰るぞ」
「…心配かけて、ごめん。でも私、帰れないや」
「怪我でもしたのか?ならおぶるぞ」
「そうじゃなくて」
ゆっくり起き上がって、私は頭の角をみせた。
「ほら」
「…何だこれ」
「角」
「…なんか菓子みたいだな」
食えそう、だなんて、一緒の考えをしたことに、ちょっと安心した。
「私、怪人になっちゃったの。だからね、帰れないよ」
だからサイタマ、私を倒してくれる?
そう困ったように笑った私を見て、サイタマはパチパチと瞬きをしてから、首をかしげた。
「なんで?」
「え?」
「だってそれ、帽子で隠せば問題なくね?」
「わ、私怪人だよ!」
「悪いことしたのか?」
「してないけど」
「じゃあいいじゃん」
シオリと何も変わらねーよ。だからほら、さっさと帰って飯食って寝るぞ。
そういって、彼は月の上から腕を差し出してきました。
私は一瞬、届くか不安でしたが、不思議と心はぷかぷかと浮上していき、彼の腕をとることができたのです。
私の目から再び星が流れ落ちました。
ぽたりと垂れたそれは、露となって草の涙となるでしょう。
私の頭からも、不意に涙がこぼれました。
まるでお菓子みたいなソレがころんと転がると、彼は面白そうにつまみあげ、宝物を扱うようにそっと握り締めました。
それが嬉しくて嬉しくて思わず私の顔にも笑みが浮かびます。
そしてそれにつられるように、ぐぅ、とおなかが鳴りました。
「帰るか」
「はい」
今日のご飯は、きっと太陽の味がするはずです。