ワンパンマン
□新年がこんにちは
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「悪いんだけど、しばらく立ち入らないでね?」
とシオリに(ひきつった笑みで)言われ、現在午後八時。朝の九時から引きこもっているわけだから、かれこれ十一時間たっている、というわけだ。
単刀直入に言おう。暇だ。
退屈死というのは本当に存在しないのか。自分が廻った広大な宇宙の中には一人くらいいるのではないか、とまで考えるほどには暇だ。
思わずキッチンの扉の前に立ってしまう。
「…おい」
「入ってきたら殺ス」
「…」
いったい彼女は何をしているのだろう。
出産直前、もしくは後の女ほど恐ろしいものはないということは経験済みであった。
ようするに、守らなくてはならないものを前にするとき、生物は強くなるのである。
シオリの料理に対する執着は凄まじい。
俺はすごすごとソファに戻る羽目になった。
夜の九時になった。
テレビをつけたところ、クラシックの美しい旋律があふれた。中々心地いい。
俺はそのまま目を閉じた。なぜだか宇宙にいたころを思い出しながら。
***
「…ス、ボロス」
「…ああ」
「ごめんねー、ソファで寝ると身体痛いでしょ」
「大丈夫だ」
時計を確認すると十一時三十分。
ようするに、彼女は十四時間もの間、台所に立っていたということだ。
「何をしていたんだ」
「料理」
「それはわかる」
「明日わかるよ」
それはそれは楽しそうなシオリに言おうと思っていた文句も失せた。が、このままというのも少々面白くない。
代わりにくいっと腕を引く。
「っうわあ!」
それほど力も入れなかったが、ポンッと俺の上で弾むように倒れるシオリ。
あわてて起きようとする彼女を逃がさないように、腰のあたりでホールドしておく。
「…貴様がいうのだから、おいしい料理ではあろう。きっと俺は明日一日機嫌がいい。だが…」
今日は同じ空間にいたのにまったく喋れなかったのは、いささか不満だぞ。
「…ごめん、寂しかったか」
「違う」
「じゃあちょっとした孤独を味わっていたわけか」
「違う」
「…そういうところは正直じゃないよねー、ほんと」
くすり、と笑ってから
ごはん、食べよっか。
するりと抜けて台所に向かってしまった彼女にため息、同時に口角があがった。
正直じゃないのはどっちだ、と彼女の真っ赤な耳にささやいてやろうか。
次の日、五重に積み重なった重箱と、彼女の「あけおめ」という言葉で、やっと今日が正月だと気付いたのだった。