ワンパンマン
□ボロスと映画
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「シオリさん、頼みごとがあるんですけど…」
「どうしたの?」
「実は、先週映画をEDAYAから借りたんです。でも時間がなくて…」
「ああ、返してきてほしいの?」
「いえ代わりに見てほしいんです!感想、教えてください!」
「まあ…いいけど」
「本当ですか!?ありがとうございます!ではお願いしますねー!」
渡された黒い袋。映画なんだろ。アオイちゃんのことだから感動ものかな?
そう思って、無造作にバックにいれたことを、私は後々後悔する。
***
「ただいまー」
「遅い」
「これでも早いって」
いつみたく軽口を叩きながら夕飯の準備をしていく。ん?ボロスがこころなしか暇そうだぞ?
「どしたのー?ぼんやりして」
「…図書館が休館だった」
「あれま」
「代わりにランニングしてきたんだが…困ったことに全く疲れなかった」
「体力交換したろかコノヤロー」
私は仕事でクタクタである。
でも唯一といっていい娯楽が奪われたボロスは一日中暇だったらしく、不機嫌度はMAX。
「お茶がぬるい」「味付けが濃い」「机にゴミ」「遅い」
「姑か!」
食後も本がないのでやたらとお茶の要求をしてくる。そのたびに立ったり座ったりする私。
いい加減ボロスの代わりとなる娯楽を与えなければ…仕事もあるし…。
あ。
慌てて鞄からDVDを取り出す。
「映画見てて。で、感想教えて。いいでしょ?」
「…わかった」
よしっ!
心の中でガッツポーツである。
これで仕事も終わりそうだ。
***
さて仕事仕事。
カタカタとうちこんでいく。10分くらいで終わりそうだなー。
後ろの方では映画の音。
ブーンブーンブーン…
突如映画で携帯のバイブ音が流れた。
『メールだ…って、なんだよこれ!』
『ひっ』
『ひどい嫌がらせメールだな…』
『何々どうしたっていうのよ』
『見ろよ、これ…』
『な、何よこれ!これ…貴方の…死体?』
『コラでもひどいな』
…ん?
感動、もの…?
『おい、発信元のアドレス…お前のじゃないか?』
『はあ!?俺こんなの送ってねえよ!』
『待って!送信時刻が…!』
『っ来週?』
『…ちょ、ちょ本当にやめてほしいんですけど!?』
「ボロスさん…一つ聞きたいのですが」
「なんだ」
「この、映画のタイトルって…?」
私の声は、若干震えていた。
そしてボロスは口にする。数年前、日本人を恐怖に陥れた映画の名前を。
「『受信アリ』だ」
「わああああああなんだそりゃあああああ」
「静かにしろ」
「止めて!DVD止めて!!!」
「俺は見てる」
『うわあああああ!!』
「ぎゃあああああ!!」
「画面を見ていないから怖く感じるんじゃないのか?」
「そんなことないし!うわあ、ワードの真っ白いページがうつくしー!」
「…ほう?」
――10分後――
「勘弁して…」
なんとか仕事を終わらせたものの、時折映画でなるバイブ音が響くたびに手が震える。
そして仕事という逃げ道を失った私は、パソコン画面に向かったまま硬直状態に陥っていた。
そんな時ぽん、と肩に手が置かれた。
「ひっ…!」
「本気で怯えるな。ほら、こっちに来い」
「無理無理無理無理」
「大丈夫だ」
ボロスの手が肩からゆっくりと、私の手の方に滑り降りてくる。
まるで私の硬直状態をほぐすように、じんわり温かい。
「動けるか?」
「…うん」
ソファに座った。
相変わらず映画の中ではバイブ音が鳴っていたけれど、凍りつくような恐怖はもうない。
…怖いことには代わりないんだけどね!?
時折ビクッってしたり、「ひっ」って悲鳴が漏れるたびに隣で「くっ」と押し殺すような笑い声がボロスから聞こえた。
…うん、こいつ。私の反応を楽しんでるわ。
で、いよいよ山場。
廃病院へと向かった主人公たちを待ち受けていたのは、ゾンビだった。
「やだやだやだあああああ!!!」
「…仕方ないな」
ひょいっとボロスに持ち上げられてそっと足と足の間に入れさせられた。
そして彼の温かい手が私の眼を覆う。
「静かにしてろ」
視覚が使えなくなった私の身体は、代わりに聴覚を発達させたようだ。
ボロスの低い声が耳をくすぐる。
「怖いか?」
「ううん。大丈夫」
「そうか」
相変わらず悲鳴が聞こえてくるけど、私はもう怖くなかった。
でもそこから三日間。携帯のバイブ音が鳴るたびに私が小さく悲鳴をあげていたことはボロスには知られたくないと心の底から思った。