ワンパンマン

□夏祭り
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ボロスといつものように買い物に行って帰ってきて、郵便受けから新聞をだすと、ピラリと一枚のチラシが足元に落ちた。

「…夏祭り?」

後ろから拾い上げたボロスがいぶかしげに読み上げる。
いつのまにそんな時期になっていたのやら。年月とは早いものだ。

「むなげやの前辺りでやるらしいね」

「行くのか?」

「えー、やだよ、めん」

「行くのか?」

「…いや、いか」

「行くのか?」

「素直に行きたいって言いなさい」

ボロスは変なところで素直じゃない。
軽くはたいてから日程を見る。

「今度の土曜日、六時から、か…」

頑張ればいける。
参加したことがなかったが、花火と神輿が描かれているということは、結構大きな祭りらしい。

思えば私がインドア派だからか、どこかに一緒に出かけたこともなかった。
ボロスも最近退屈しているし、これはいい機会かもしれない。

「じゃあ行こうか。土曜日一度家に帰ってから…」

「浴衣は着るのか?」

「…は?」

理解できない言葉が聞こえた気がして思わず見上げると、至って真顔なボロスがいた。

「浴衣だ浴衣。日本の文化だろう」

「私持ってないよ」

「?」

理解できない、という顔のボロス。
何なんだ。何でそんな私が非常識みたいな態度をとられなくてはならない。

「…日本人は全員浴衣を着て八百万の神に感謝するんじゃないのか?」

「若干ズレてるねその知識!」

「持ってないなら買え」

「やだよ!他の女性が浴衣着てるんだからそれで我慢してよ…」

どう考えてもそのほうが着物の観察にはなると思う。

「そもそも着方が」

わからないし、と続けようとした言葉は、ボロスの顔を見て固まってしまった。
ぶわりっと謎の冷や汗が流れ落ちる。
見上げたボロスの顔からは、ストンと見事に表情が抜け落ちていた。

「ボ、ボロス…」

「……」

そう、これは怒っているときの。

「…着ないと洗濯物全部墨だらけにするぞ」

「直ちに買ってまいります」

なんで日本人の私が思いつかないような嫌がらせが浮かぶのか、ぜひ彼の愛読書から学びたい。

***

結局、「浴衣」という文字を見るたび顔を引きつらせる私を見かねて、社長が浴衣を貸してくれることになった。
しかし何十着も持っていた彼女が「どうせだから似合うものにしましょう」と言ってきたため、現在鏡の前でにらめっこ中である。

「…わからん。全部同じに見える」

「そんなことありません。シオリさんに水色は似合いませんよ」

「ちょっと傷ついた!」

「原色系が似合うんですよ。…ああ、シオリさん。青に紫だなんて普通の色合いはやめてください。いいですか。和服の場合は、全く違う系統の色を重ねるのがオシャレで楽しいところなんです」

「…うーん?」

そうは言われてもピンとこない。結局社長の裁断に任せることにした。

「それにしても、全くイベントに興味がないシオリさんに浴衣を貸す日がこようとは…。私は嬉しく思います」

「…今度だけだよ」

「果たしてそうなるでしょうか。それにしても、彼氏さん…あの金曜に迎えに来る貴公子ですよね」

「そんな風に呼ばれてるの!?」

思わず振り返るとガッと無理やり首を元に戻された。痛い。

「社員の方々がそう呼んでいるんです。彼も中々正直ですねえ。……やはりここは黄色でいくべきですか…」

「正直?」

「ええ」

鏡を通してかち合った彼女の目は、本当に面白そうに輝いていた。

「他の浴衣を着た女性では満足しないということは、つまり『浴衣』が見たいんじゃなくて、『浴衣を着た貴方』が見たいということでしょう?」

「っ…!?」

「相変わらずの鈍感っぷりですね。はい。これが一番似合うと思いますよ」

渡されたのは藍色に昼顔が咲いたシンプルな浴衣。帯は黄色だ。
流行のラメなどは一切ついていない分、少し私も気が楽に思える。
思える…けど…。

「…エナミちゃん。なんか急に冷房が弱まった気がするんだけど」

「…あついですねえ」

そのあついは『暑い』なのか『熱い』なのか定かではなかったが。

(少し、嬉しい…かもしれない)

語尾をつけてしまったのは、認めた瞬間爆発しそうだからだ。

***

いよいよ土曜日になった。
例の浴衣に加え、赤い髪飾り、足袋、下駄、小物入れも装備した状態で、ボロスを待つ。
…初めて『恋人』らしいのではないだろうか。

最初は一度帰るつもりだったのに、社長の「どうせなら着付けてあげます」という言葉にゆらぎ、会社の前で落ち合うことにしたのだ。
別に彼氏を待つ彼女の典型版だからといって緊張しているわけではない。決して。

でもやっぱりこの着物は目立つのか、通行人がちらちらこっちを見ているのが恥ずかしい。とても恥ずかしい。

「あー、もうボロス遅い!」

思わず小さく叫んだ瞬間、突然黒塗りの車が目の前で止まった。
この会社は結構いろいろな業界と手を組んでいるため、誰が来てもおかしくない。
慌ててそ知らぬ顔をしてぼんやり空を眺めることに専念した。もうすでに、空は紫色である。

車を降りたその人はずんずんと入り口、即ち私の方に向かってくるが、接客はあまり行っていないため無視を決め込んだ。
その人物は私の横を通り抜け、会社に入っていくかと思ったのだが――。

「…無視とはいい度胸だな」

「…ボロス!?」

まさかのボロス本人その人だった。

「一体…!?」

一体どうしてあんな車に乗ってきたのか、と聞こうとして更に絶句。

「…ああ、これか?あそこの車の男に連行されたと思ったらこれを着せられた」

「わざわざ浴衣を!?」

涼しくていいな、と暢気にのたまう彼の向こうで…ゾンビさんがゲッソリした状態でタバコをふかしていた。
…どうやらまた社長が無理をいったらしい。これは彼に謝罪だな、とひそかに決意した。

視線をボロスに戻した。
どうも二つ「も」目があることに違和感が芽生えてしまう私は重症だ。

改めて全身を眺めてみると白黒な格子柄の着物は実に…実にボロスに似合っている。
若干なで肩なので(本人曰く、甲冑のせい)、しっくりおさまっているのだ。

しかし、しかしだ。ボロスは今当然人型なのである。
つまりキラキラ王子で…且つY字の隙間から見える鎖骨は白く…。

「…これ、殺人罪に当たるんじゃないかな」

「…暑さでやられたのか?」

「いや、これは街行くお嬢様たちが次々と病院送りに…」

「それをいうなら」

ボロスは私のまとめきれなかった髪スッと耳にかけなおした。
ただそれだけなのに余りにも…艶やかで。
ぱくぱくと金魚のように口を開閉する私に、ボロスはとどめをさした。

「…シオリもだろう」

「ッぼ…!」

「いいからお前らさっさと行けよ!!」

ゾンビさんが叫んでこなかったら、私たちは目も当てられない会話で祭りをつぶしていたかもしれない。

***

「おおお…」

思わず神社の入り口で立ち止まってしまった。

提灯が淡く光り、ゆれる。
がやがやと楽しそうに笑う人々の中を、はしゃぎながら駆けていく子供たち。
まるで夢のような光景だ。

「こういうのって久しぶりに来たけど…やっぱり凄いなあ」

「シオリ、あれはなんだ?」

若干テンションがあがってきた私とは反対に、ボロスのテンションはいつもと同じだ。
まあ…私より何十年と年上だし…仕方ないのかもしれないが。

「あれは綿飴。飴の一種で」

「あれは?」

「…たこ焼き。中にたこg」

「あれは?」

…ん?

「金魚すくいだけど…」

「金魚を食べるのか?」

「いや…掬って遊ぶだけ」

もしかしてこれは…。

「あの赤いのは?」

「林檎飴」

「あれは?」

「射的」

これは…私よりはしゃいでないか!?

「人をうつのか?」

「そうじゃなくて…ああ、もうお金はあるからやろうよ」

おじさんにお金を渡すと、私は目の前にあった『むなげや割引券』と書かれた札に狙いを定めた。
一瞬間をおいて。

パンッ

軽い破裂音とともに、わずかに的が揺れた。

「あー、おしい!もうちょっと右だったねえ。はい、参加賞の飴」

「あはは…ありがとうございます」

カルピス味を選んでから、ボロスのほうに向き直った。

「こんな感じ。やってみる?」

「どうだい兄ちゃん!彼女の敵をうつかい?」

おじさんは笑顔で銃を渡してくる。
ところがボロスは難しい顔をした。

「ボ、ボロス…?」

「シオリ、俺は飛び道具を使ったことがないのだが…札を崩星咆哮で倒してはダメか?」

「おじさん飴ありがとうございましたー!」

その「ほうこう」がどんな「ほうこう」かは知らないが、とりあえず寒気がする言葉をいうのはやめようか。

***

神社でおまいりした後、私は適当に色々なものを買った。

「太るぞ」

「二人で食べるの!ほら、焼きそばとお好み焼きと林檎飴」

「おいしいのか?」

「食べなよ」

ボロスは少し迷ってから焼きそばを一口食べた。

「どう?」

「…まずくない」

「なら良かった」

二人で立ち止まってモヒモヒと色々なものを食べた。
綿飴が空気ですぐに溶け出して、私は口の周りをベタベタになったり、
ボロスはカキ氷が食べて、まるで何かを発見したかのように「そうか…これが…これがキーンとなる感覚…」とぶつぶつ言っていて思わず笑ったり、
たこの足を見た瞬間の凍りついたボロスに「ごめん」と謝るなんていう笑えないハプニングもあったけど。(ゲリュ…と静かに呟いたことで更に空気が重くなった)
食事はまあまあ、まあまあ楽しかったのだ。

しかし止まっていると、余計に周りの視線に気づくものである。

(…やっぱりなあ)

かっこいいね、声かけてみる?なんて声の後に、私に気づくのだ。
たいていそれで去っていくのだが、まれにそれでも話しかけようとする若いお嬢さんもいる。
勇ましいなあ、と思いつつ、もしこれでボロスが面倒になって本当の姿を晒したら面白くなるな、なんて思ったり。

そうこうしているうちに一人、美人だなと思える女の子がこっちにやってきた。

「あのー…」

ボロスにしか目がいってないそのお嬢さんは、完全に彼の見かけにだまされていると思う。

(ああ、本当に美人だ)

だけどまあ…実態を知っていて、それでも彼の恋人におさまった私にとって、それはあまり効力をみせない。

「何かようですか?」

そして私はソースまみれの口のまま、にこりと相手に悠然と笑った。

「い、いえ…!」

まさか私が話しかけてくると思っていなかったのか、慌てて去っていくお嬢さんを見送りながら、たこ焼きをぽいと口にいれる。

(恋人を気軽に渡せるほど心広くなくてすみませんねえ…)

それに、見かけにだまされて近づいて後悔するのはそっちなんだから、許してほしいものだ。
ふと気づくと、ボロスがじっとこっちを見ていた。

「何?」

首をかしげると、思いっきりため息をつかれ、ぐいっと口元をぬぐわれた。

「わぷ!?」

「あまり可愛いことをするな。食うぞ」

「は、はい!?」

久々の甘い言葉と先日の社長の言葉が相乗効果をいかんなく発揮し、じわじわと顔に血がのぼっていく。

「……」

「ボ、ボロスさん?」

何故か無言のままカッとこっちを見るボロスにぞくっとしたのは何故だろうか。
つつつ…と視線をそらし、赤い耳を揉んでごまかしながら、林檎飴を口に入れようとした。そのとき。

「あ」

急に空が光った、と思ったら空に大輪の花が咲いた。
祭りの醍醐味、花火の始まりである。
何かが落ちていくような音がしながら、次々に空をカラフルに染め上げていく。

「…はー…儚いね」

「…これが、花火か」

「うん」

「…綺麗だ」

いつものような無表情で、その中の二つの目に、感動の光を灯す。
そんなボロスが、たまらなく好きだ。

「綺麗だ」

二人で見た初めての花火は、儚くて虚しかったけど。

『今回だけだよ』

『果たしてそうなるでしょうか』

社長の言葉がリフレインする。
うーん、これは。

「ねえ、ボロス」

ふとボロスをみると、二つの目を細めながら見ていた。
その様子が一つ目のときと全く変わっていなかったら、思わず笑った。

「来年もこよっか」

「…ああ」

遠くで子供の笑う声がする。

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