ワンパンマン
□夢十夜
1ﾍﾟｰｼﾞ/1ﾍﾟｰｼﾞ
こんな夢を見た。
腕組をして枕元に座っていると、仰向けに寝た女――シオリが、静かな聲で「もう死ぬね」と云う。
シオリは長い髪をを枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。真っ白な頬の底に温かい血の色が程良く差して、唇の色は勿論赤い。到底死にそうには見えない。
しかしシオリは静かな聲で、もう死ぬとはっきり言った。
俺も「確かにこれは死ぬな」と思った。そこで、「そうか、もう死ぬのか」と上から覗き込むようにして聞いてみた。
「死ぬって」と云いながら、シオリはぱっちりと目を開けた。大きな潤いのある目で、長いまつ毛に包まれた中は、ただ一面にあの日差しのような茶色であった。その茶色い瞳の奥に、自分の姿が鮮やかに浮かんでいる。
俺は透き通るほど深く見えるこの瞳のツヤを眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕のそばへ口をつけて、「死ぬな、死ぬな」と繰り返した。するとシオリは茶色い目を眠そうに見張ったまま、やっぱり静かな聲で「仕方ないじゃない」と言った。
「俺の顔が見えるか」
と一心に聞くと、
「見えるかって、そこにその綺麗な一つ目があるじゃない」
とにこりと笑って見せた。俺は黙って顔から枕を離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのか、と思った。
しばらくして、シオリがまたこう云った。
「死んだら、埋めてね。大きな真珠貝で穴を掘って、そうして天から落ちてくる星の欠片を墓印に置いて。そうして墓の前で待っていてね。きっと会いに行くから」
俺は「いつ来るんだ」と聞いた。
「日が出て、それから沈むでしょう。それからまた出て、また沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちていって――ボロス、待っていられる？」
俺は黙ってうなずいた。シオリは静かな聲を一段と張り上げて
「百年待って」
と思いきった聲で云った。
「百年、私の墓のそばに座って待っていてちょうだい。きっと逢いにくるから」
俺はただ、「待っている」と答えた。
すると茶色い瞳のなかに鮮やかに見えた自分の姿がぼうっと崩れてきた。静かな水が動いてみえる影を乱したように、流れ出したと思ったら、シオリの目がぱちりと閉じた。長いまつ毛の間から涙が頬へ垂れた。
――もう死んでいた。
俺はそれから庭へ降りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑らかな縁の鋭い貝であった。土をすくう度に、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿った土のにおいもした。穴はしばらくして掘れた。シオリをその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっとかけた。かけるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。