どうぶつ日和

□水晶は無意識に照らす
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 言葉を最初に作った人ってすごいと思う。「あ」とか「い」とか、ただの音に意味を持たせたってことだし、「じゃあこれはこれから○○と呼ぼう」って名前を付けた人も、色んな人が同じものを同じだって思えるようにしてくれたんだからやっぱりすごい。だからね、このぽわぽわしててきゅーってする気持ちに「恋愛」って名付けた人もすごいなあと思うの。辞書で引いてみると、さっき私が言ったような擬音なんて使われてなくて「男女の恋いしたう感情」としか書いてないしよく分かんない。けど、字を見たら「そうか、恋と愛か!」って変に納得しちゃうもんね。ま、辞書は「男女の」って言ってるけど私たちの場合は「女女の(なんて読もう?じょじょ?)」だし、人を好きになってるのは同じだと主張いたします。
 というか、恋と愛の違いって何だろう?恋がレベルアップして愛になったとか?ってか「したう」って何。「好き」じゃだめなのかな、う〜ん。

 私の「好き」の相手、つまり恋人さんの玲ちゃんはこたつで突っ伏しちゃってて夢の中なう。いつもなら私がこたつで眠っちゃって、「風邪引くから!ゴートゥお布団!」って怒られるんだけどなぁ。あれです、要は珍しいってこと。とりあえず毛布は掛けといたけど、うん、こういうのを熟睡って言うんでしょう。

 玲ちゃんはカッコいいワンちゃんで、そんでもって壊れかけの時計だ、とふわっふわの髪を撫でながら思う。頭が良くってスポーツマン(ウーマン?)で面倒見もいい。はしゃぐ時はそれはもう「楽しそうだね」って笑いながら言いたくなっちゃう(というか言っちゃう)くらいウキウキなのが見るだけで分かるし、ショックなことがあった時は雨に濡れたワンちゃんみたいにしょんぼりするし、日向ぼっこしてるとだんだん目がとろんとしてきてこっくりこっくりし始めるし、よく見てると抜けてるのかな?ってくらい正直なところがあるの。たまに尻尾と犬耳が見える気がするんだけど、玲ちゃんはちゃんと人間です。だって、ワンちゃんと違って本当に本当に大事なことは隠そうとするんだもん。
 心の底にある本当の本音は誰にも気づかれないようにそおっと蓋をして、本音の上澄みだけを惜しみなく掬い取る。これなら嘘をつかなくて済むって思ってるんだろうなぁ。底の方からごぼごぼと泡が浮き上がってきても、二度と漏れないように今度は重石を乗せちゃう。そうやって上の方でぷかぷか泳いでて何を閉じ込めたかも忘れてしまった頃、重石に耐えられなくなった蓋が壊れて底からあふれ出てくる黒い渦に飲み込まれてしまう。玲ちゃんは、とっても器用でとっても不器用な、そんな人なのです。人一倍思いやりが強くて、頑張り屋さんで、本当は臆病な寂しがり屋さん。
 壊れかけの時計みたいだと思うようになったのはつい最近のことだと思う。電池も切れかけで、中の部品にもガタが来始めてて、触るのにも慎重にならないといけないくらい繊細になっているのに、時計さんはそのことに気付かないまま正確な時を刻もうと精一杯動いて、気が付くと秒針を進められなくなっちゃいました、みたいな。個人的には定期的に点検してほしいって思うし、むしろちょっとしたことでもいいから私の所に来て修理させてよねとも思う。何だかんだ言っていつも癒されてるのは私だけど、それでもやっぱり、好きだと思う以上、どうしようもなく心配になるんです。いや、好きになる前から「おや?ちと危なっかしいぞ?」と思ってたけどね、これは本当。

 別に気を遣ってるってわけじゃない。むしろ最初の頃より色んなことを話せるようになったし、お互い頼り合ったりするし、一緒にいるだけで心がぽかぽかする日も増えた(と私は思っている)。玲ちゃんも少しずつ底の方の本音を見せてくれるようになったし、前よりも表情がやわらかくなってるってこの間気付いたんだよ。自然体でいられてる証拠だって思い上がってもいいのかな。

 きっとどんなに長い時間を隣で過ごしたところで、私が玲ちゃんのすべてを見通せるようになる日は来ないと思う。それは玲ちゃんも同じかなぁ。だって、私も玲ちゃんも知らない私たちは、今もずっとどこか隅っこの方で小さく生まれ続けていると思うから。人はそれぞれ色も形も違う入れ物を一つずつ持っていて、出会っていく人たちとたくさんの色を少しずつ交換していくんじゃないかな。それはどんなに混ぜても濁らない光みたいな色水で、これが入った器に光を当てて生まれた色がそのまま瞳に映っているんだと思う。そうじゃないなら、玲ちゃんの綺麗な緑色の瞳が、あんなにたくさんの色と様々な光と陰を操って万華鏡みたいにきらきらころころ輝く説明を誰か代わりにしてほしい。
 同じ模様は二度と見れなくて、その分、映し出す色や模様が尽きることもない。そんな素敵な宝石のすべてなんて到底解明出来っこないし、飽きることなくずっと見つめちゃうんだろう。

 愛して、愛して、時々何かを分け合いっこして。それだけで胸の奥いっぱいがきゅうっとなってぽわぽわで満たされる。馬鹿な私が今分かるのは、恋や愛やその理由を語るのに難しい言葉はいらないってこと。もう一つは、分厚い辞書を引っ張り出しても語り尽せないくらい玲ちゃんをもっともーっと好きになるってことだけ!

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