すみれ色のしおり

□お兄ちゃん
1ページ/2ページ

「折れたいの?」

いつもより低い、静かな声。
暗い部屋にいる俺を、逆光の中、乱が見おろしていた。

「……折れたいわけ、ないだろ。」

俺はそう言って寝転がっていた体を起こす。
乱は同じ調子で続けた。

「じゃあなんで、薬研は手入れしてもらわないの。」

「部屋が空いたら行くさ。」

「薬研の方が重傷じゃん。なんで先を譲ったの。」

「何言ってんだ、俺の方が傷は浅い。」

乱は俺の答えを聞くと、どすどすと音を立てながら部屋に入ってきた。
そして、俺の前にストン、と座った。

「おい、どうし「うそつきっ!!!」

「っ…!み、だれ…おいっ!」

乱は俺の言葉を遮るように叫ぶとぎゅうっと俺を抱きしめた。
それは強く、強く。

「僕知ってるんだから!秋田をかばって、腕怪我してること!」

「…な…」

「血が出てないからって、隠せるとでも思ったんでしょ!今だって、痛いと思ってるくせに!そのままじゃ満足に刀も振るえないくせに!」

俺は腕の痛みも忘れて、表情の見えない乱を見つめていた。
まさか、乱に見破られるとは。
確かに同じ隊で、秋田をかばった時も同じ戦場で戦っていたが、ほかを気にするほど余裕はなかったはずだ。

「…乱にばれるとは、思わなかったなぁ…」

「…伊達に同じお兄ちゃんやってないんだから、当然でしょ。」

お兄ちゃんやってると思ってたのか、と俺は苦笑いしながら乱の頭をぽんぽん叩いた。

「…とりあえず離してくれるか、痛いんだが。」

「薬研が反省するまでイヤ。」

「……あぁ、すまなかった。」

俺がそう言うと乱は渋々といった感じで俺を開放した。
その目は、いつもよりきらきら輝いていた。

「約束だよ。いちにぃがまだいないからってひとりで無理しないで。」

「別にそういうわけじゃ」

「言ったでしょ!僕にはわかるんだから!薬研1人で頑張ろうとしてる!僕や厚がいるのに!」

「………」

……確かに、1人でなんとかしようとしていた。
兄貴がくるまでは。
俺が、弟たちにとって頼れる存在でなくちゃなんだ。
そう思って。

「1人じゃないよ、薬研。」

乱はそう言って、また俺を抱きしめた。
今度はふわっと、優しく。

「………あぁ。」

「…おい、薬研!どこにいる!手入れ部屋が空いたから早く入れ!」

長谷部の声が荒々しく俺の名前を呼んだ。
それを聞くと乱は俺からすっと離れると部屋の外へ歩いていく。
そうして、また逆光の中に立って振り返った。

「いちにぃが来たら、今までの分たくさん甘えさせてもらお!ね?」

「…そう、だな。そうする。」

俺の返事を聞いて満足そうに頷くと、乱は笑顔で廊下を歩いていった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ