すみれ色のしおり
□お兄ちゃん
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「折れたいの?」
いつもより低い、静かな声。
暗い部屋にいる俺を、逆光の中、乱が見おろしていた。
「……折れたいわけ、ないだろ。」
俺はそう言って寝転がっていた体を起こす。
乱は同じ調子で続けた。
「じゃあなんで、薬研は手入れしてもらわないの。」
「部屋が空いたら行くさ。」
「薬研の方が重傷じゃん。なんで先を譲ったの。」
「何言ってんだ、俺の方が傷は浅い。」
乱は俺の答えを聞くと、どすどすと音を立てながら部屋に入ってきた。
そして、俺の前にストン、と座った。
「おい、どうし「うそつきっ!!!」
「っ…!み、だれ…おいっ!」
乱は俺の言葉を遮るように叫ぶとぎゅうっと俺を抱きしめた。
それは強く、強く。
「僕知ってるんだから!秋田をかばって、腕怪我してること!」
「…な…」
「血が出てないからって、隠せるとでも思ったんでしょ!今だって、痛いと思ってるくせに!そのままじゃ満足に刀も振るえないくせに!」
俺は腕の痛みも忘れて、表情の見えない乱を見つめていた。
まさか、乱に見破られるとは。
確かに同じ隊で、秋田をかばった時も同じ戦場で戦っていたが、ほかを気にするほど余裕はなかったはずだ。
「…乱にばれるとは、思わなかったなぁ…」
「…伊達に同じお兄ちゃんやってないんだから、当然でしょ。」
お兄ちゃんやってると思ってたのか、と俺は苦笑いしながら乱の頭をぽんぽん叩いた。
「…とりあえず離してくれるか、痛いんだが。」
「薬研が反省するまでイヤ。」
「……あぁ、すまなかった。」
俺がそう言うと乱は渋々といった感じで俺を開放した。
その目は、いつもよりきらきら輝いていた。
「約束だよ。いちにぃがまだいないからってひとりで無理しないで。」
「別にそういうわけじゃ」
「言ったでしょ!僕にはわかるんだから!薬研1人で頑張ろうとしてる!僕や厚がいるのに!」
「………」
……確かに、1人でなんとかしようとしていた。
兄貴がくるまでは。
俺が、弟たちにとって頼れる存在でなくちゃなんだ。
そう思って。
「1人じゃないよ、薬研。」
乱はそう言って、また俺を抱きしめた。
今度はふわっと、優しく。
「………あぁ。」
「…おい、薬研!どこにいる!手入れ部屋が空いたから早く入れ!」
長谷部の声が荒々しく俺の名前を呼んだ。
それを聞くと乱は俺からすっと離れると部屋の外へ歩いていく。
そうして、また逆光の中に立って振り返った。
「いちにぃが来たら、今までの分たくさん甘えさせてもらお!ね?」
「…そう、だな。そうする。」
俺の返事を聞いて満足そうに頷くと、乱は笑顔で廊下を歩いていった。