中村春菊作品
□エイプリルフール 吉野千秋の場合〜
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どうせお前はできてないんだろ、と目で言われてムカついたけど、その通りだから何も言い返せない。
黙ってネームを見せる。
「…ハァ、どうせこんなことだろうとは思っていたが、もう少し早く描けないのか?」
「描けなうるせぇな、アイデアが浮かばないんだよい」
「予定通りに描かないと後で大変なのはお前なんだぞ」
「分かってるよ」
「分かってるんだったら何とかしろ。何年この仕事やってるんだ。それでもプロか?」
「そんな簡単に描けるもんじゃねぇんだよ!」
「そんなこと言ってるからいつまで経ってもお前は変わらないんだ」
その言葉にムカついたらけど、何とか冷静になり、今がトリに仕返しをしてやるチャンスだと思い、それを口にする。
「…トリ、俺達別れようぜ」
「…は?今何て?」
「だから、別れようって」
「何で今その話になるんだ…」
「トリは仕事だからとかプロとか、俺のこと全然考えてくれないじゃん。そんな奴と付き合ってるのが嫌になったんだよ」
別れたいっていうのは嘘だけど、少しだけ本音も混じっている。
「やっぱりさ、付き合うなら優みたいな奴が良いよな。趣味も合うし、お前みたいにうるさくないし」
そう言うと、トリが俯いた。
「…分かった」
数秒空けてから口を開いたトリから出たのはそんな言葉だった。
「え?」
「お前がそう言うなら別れよう…」
えっ、ちょっと待てよ…
自分で言ったことなのに、頭が混乱する。
トリが少し切なそうに微笑む。
「担当も、お前がやりやすい人に頼んでみるから…」
話がどんどん悪い方向に進んでいく。
このままじゃ嘘が嘘でなくなってしまう。
「俺は会社に戻るから、もう帰って良いぞ」
トリが玄関へ向かう。
トリがいなくなってしまう。
そう思うとゾッとするような寒気が走る。
「トリっ!」
出て行こうとするトリの腕を掴んだ。