中村春菊作品
□いつものこと
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羽鳥side
「え?出張?今から?」
「ああ。作家の付き添いでな」
「へぇ、いつ帰ってくるんだ?」
「今週末だな」
今日は水曜日。帰ってくるのは4日後の土曜になる。
「そっかー。じゃあ、しばらくトリの飯食えねぇのかよ」
「少しの間だけだろ。少しは自分で作れるようになれ」
「え〜、トリの飯の方が絶対美味いし」
「そういう問題じゃないだろ。ちゃんと俺がいなくても生活しろよ」
「分かってるって」
「…まぁ、それはいいとして、吉野。お前、金曜が何の日か分かってるよな?」
「え…」
吉野の顔色が一気に悪くなる。
「げ、原稿の〆切…です」
「そうだ。土曜まで俺はいない。だが、それでも終わらせろよ」
「分かってるって…」
「本当か?この白い原稿を完成させられるのか?」
「そんな心配しないでもトリが帰ってくる前に終わらせるよ!」
「お前の終わらせるは信用できない」
「信用しろよ!」
「信用して、守ったためしが何回あった?」
「…っ、絶対描くから!」
吉野が一瞬言葉に詰まったのは、守ったことがほとんど無いからだろう。
「…絶対だぞ」
「分かってるって。ほら、早く行けよ」
今までの経験から、強い不安に襲われるが、そろそろ担当作家との待ち合わせの時間だったため、後ろ髪を引かれながらも仕方なく吉野の家を出る。
しかし、仕事先でも吉野の事が心配でならなかった。
少女漫画家・吉川千春、本名 吉野千秋は、丸川書店を代表する人気漫画家だが、〆切破りの常習犯でもあり、〆切通りに描く方が珍しい。
それなのに、〆切直前の今、担当編集者の自分がいなくて平気なのか、とそればかり考えてしまう。