ハトアリ

□零れ落ちていくもの
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ふわりと体を暖かいものが包む。

それはあまりにも唐突で、エースに抱きしめられているのだと
理解するまでに暫く時間がかかった。

「エ、エース……?」

殺意を向けられるかもしれない、
とは思ったし、その覚悟はあった。
だけど、こんなに優しく抱きしめられるとは思いもしなかった。
驚き過ぎて、らしくもなく慌ててしまう。
でもやはり、この腕を振り払うことなんて出来はしないのだけど。

「……アリス、君は」

いつもの爽やかさがない、静かな口調で呟かれた言葉。
腕の力は優しいのに、まるで縋られているみたいだ、と思った。

今、彼は一体どんな顔をしているのだろう?
見れなくてほっとしているような、無性に見たいような、矛盾した気持ち。

だけど縋られても支えてはあげられない。
私はただエースの言葉を待つ事しかできない。

「君は、変わらないで。迷い続けてくれよ」

いつも通りの言葉、いつもと変わらず酷いことを言う騎士だ、
なのになぜか今はその言葉が愛おしく聞こえてしまった。
ついに私も変人の仲間入りかしら、
と心配になってきてしまうほどに。

「変わりたくても変われないわよ、あなたとおなじでね」

そう言った私にエースは何も答えなかった。
静寂の中、重なる胸からチクタク、と時計の音が聞こえる。
代わりが利くこの世界を象徴するようなこの時計。
それでも私には彼の胸から聞こえる音は一つしかないように思えた。
この時計は一つしかない。
このエースは1人しかいない。
きっとそう言ってもエース自身は否定するのだろうけど。


耳の奥でドクンドクンという鼓動とチクタクという音が重なる。

何故かは分からない。

ただつぅっと頬を涙が伝った。

ーーあぁ、私はこの人のことがーー

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