その他
□月下に
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やわらかな金色の光が山間に降り注ぐ。
長月の中頃、今宵は望月の夜。
月面の海からなる兎は、餅つきに忙しなく飛び跳ねていることだろう。
数年に一度の中秋の名月。
そんな溜め息が出る程に美しい月を、山のちょうど開けた場所で眺めている少年がいた。
『悪魔くん』または『救世主(メシヤ)』こと、松下一郎である。
世界中から命を狙われている彼が、どうして無用心にもこのような所にいるのかというと、それは単に月からの魔力を授かっている最中だ、という理由から。
肌寒い秋夜の中、松下は薄着で草の上に寝転んでいる……。
「メシヤ」
若い男が松下を呼ぶ声がした。
松下を慕い、彼に従事する第三使徒の声だ。
「……佐藤か」
松下は面倒くさそうに上半身を起こす。
「そんな薄着では、お風邪を召されますよ」
「わかってる」
差し出された手を取って立ち上がり、上着を羽織る。
この季節にはまだ少し早い厚手のそれは、しかしながら冷えた身体にはちょうど良い温かさをもたらした。
「……メシヤには、」
佐藤から漏れ聞こえた声。
先を促すように松下は佐藤を見上げるが、続きは出てこない。
早く言え、と急かせば漸く口を開いた。
「メシヤには、月がお似合いになりますね」
そう申し上げたかったのです。
後半の言葉は小さく萎んで聞こえなかった。
しかし、光輝く銀糸が月に映えてとても綺麗だ、という言葉は同じくらい小さかったにも関わらず、何故かよく聞こえた。
「そうか」
僅かに顔を赤くする佐藤に対して、その横をさっと通り過ぎた松下は平然としているようだ。
だがその後ろを歩く佐藤には、一つだけ見えたものがあった。
自分の目線よりも遥か下にある銀髪からそっと覗く、ほんのりと色づいた赤。
佐藤は前を進む幼い救世主に気付かれぬよう、クスリと笑みを溢して、元来た道を松下の歩調に合わせ戻って行ったのだった。
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