その他
□闇の狭間にて
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カランコロン、ゆっくりとした木の音が響く。
それはどうやら足音らしく、しかし気ままに目的もなさそうに響いていたが、やがて止まった。
足音の主は声を発する。
「妙な妖気を感じたと思ったら、やっぱり君だったのか。悪魔くん」
声変わり前の、高い声。
けれどその声は、長い時を生きてきた者特有の雰囲気をも、兼ね備えている不思議なもの。
『悪魔くん』と呼ばれた少年は、声の主の方へと振り返った。
タマネギ頭に銀とも灰ともつかない髪色、大きな垂れ目は眉間にしわが寄っているせいで目付きが悪いように見える。
黄と黒の警戒色のボーダーと青の半ズボン、茶色の靴。
一万年に一人の天才、神が殺し損ねた少年――松下一郎だ。
「僕はまだ人間だ。妖怪になった覚えはないぞ、戸田」
『戸田』
それが初めに声を発した少年の名のようだ。
長い茶髪に隻眼、古めかしい学童服と派手な柄のちゃんちゃんこを着、紺の鼻緒の下駄を履いている。
幽霊族最後の生き残り、日本妖怪でも屈指の妖力と強さを誇る、ゲゲゲの鬼太郎の一人――戸田。
「それより戸田。『悪魔くん』と呼ぶのは止めてくれないか」
「なんだよ。その呼び方、嫌なのか?」
「違う。ただ、お前達『鬼太郎』にそう呼ばれるのが嫌だ、というだけだ」
「へぇ。じゃぁ松下、だな」
意識の深淵、夢と現が混同する暗闇の中に二人は存在している。
普通の人間は滅多に来ることは出来ないし、妖怪とて好んで来る場所ではない。
人間であるにも関わらずここへと来ている松下は、普通の人間ではないのだ。
まぁ、この歳で世界を救う救世主(メシヤ)とされ、十二使徒を従えているあたり、もうすでに人の子とも言えないのかもしれないが。
妖怪――とはいえ、半妖なのだが――である戸田もここへはあまり訪れたくなかったが、松下の気配が気になり、来たのだった。
「それで、松下はなんでこんなとこに居るんだよ?」
「必要だからだ。僕の、壮大なる計画の一端に」
松下は足元に円を描きながら答えた。
何をするつもりなのだろうか。
戸田は興味もなさそうにその行動を見ている。
「『千年王国』……。まだ諦めていなかったのか」
「これは使命なんだ。何があろうとも絶対に諦めない」
不敵に笑う。
松下のその様子に、戸田は呆れて溜め息を吐いた。
戸田も妖怪と人間が共存出来る世界を望んではいるが、こうも永いこと上手くいかないとなると、もう既に諦め半分なのだ。
それだというに、この目の前の自分より遥かに幼い少年は、同じようなことをやって退けようとしている。
呆れてしまうのも当然である。
「まぁ、頑張れよ。協力は出来ないけどな」
「あぁ。『ゲゲゲの鬼太郎』の協力がなくても、これくらいやってみせるさ」
話している間に、松下の足元には魔方陣が完成していた。
一言二言呪を唱えれば、それは淡い光を放ち、松下の身体を包む。
「じゃぁ、僕は帰ることにするよ」
「用事は済んだのかい?」
「大体は。お前が邪魔をしてこなければ全部終わったんだがな」
「おや、そりゃすまなかったね」
松下が薄れてゆく。
戸田は彼に背を向け歩き出す。
「またな、松下」
「あぁ。また会えたらな、戸田」
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