この世の果て
□Chapter 1
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「お父様!」
王座の間へとつながる扉が突然乱暴に開け放たれると、エメラルドグリーンのドレスの裾をたくしあげながらラエルが駆け足で入ってきた。
スランドゥイルは手にしていた書類を家来に渡すと、今朝とれたばかりの葡萄を口に運んでから苦笑いを浮かべてラエルに向き合った。
「どうやらお姫様はご機嫌斜めのようだな」
「明日、エレボールにいかれるんでしょう?」
ラエルは眉間にしわを寄せたまま続ける。
「ドワーフ王のスロール様に挨拶にいくんでしょう?」
スランドゥイルはただ黙ってラエルの質問にうなづく。娘がこれから何を言うのか彼はすでにお見通しだったからだ。
「また、レゴラスを連れて行くんでしょう?この前の裂け谷への旅も、その前も、その前もレゴラスが一緒だったじゃない。だから今度は私の番だと思うの」
スランドゥイルは葡萄をまたひとつつまんでから、首を横に振った。
「だめだ」
「なぜだめなの?」
「前にも言ったろう。レゴラスは後に私の後を継ぐ。今のうちからさまざまな種族たちと面識を持つ必要がある」
「でも…」
ラエルがこの理由で納得するはずがないのはわかっていた。スランドゥイルは少しためらってから今まで伝えることのなかった本当の理由を口にした。
「それに、ラエルは女性だ」
「女性だからなぜだめなの?」
裂け谷のエルフたちから、しつこいほどラエルへの縁談が持ち上がっているのはもうここ数十年変わらないことだ。ほかのエルフとは比べ物にならないほどの類まれなる美しさを持って生まれた彼女だからこそ、スランドゥイルは今まで彼女を闇の森から出したことは一度もなかった。
双子の兄であるレゴラス同様、冒険心が強く、自由奔放な彼女にとってそれはこくなことであるとは分かっていたけれど、彼女の美しさが外界に漏れればまたあの悲劇を繰り返すこととなる。彼女の母親と同じ運命をたどることだけは避けなければいけなかった。
裂け谷のエルフたちとの縁談は避けられぬにしろ、彼女をドワーフの巣窟へ連れて行くなどもってのほかだ。シルマリルの件はもってのほか、肉食で、酒好きで、デリカシーのないドワーフをスランドゥイルは好かなかった。もちろん宴が好きというのは自分も同じであるが、酒の飲み方一つにしろ、スランドゥイルは自分たちと彼らの間には決定的な違いがあるのだと信じて疑わなかった。
彼らの財宝、特にアーケン石が彼らの手中にある限り、彼らとは友好関係を続けるのが賢い。だからこそレゴラスを連れて行き、いずれ王の座につく、スロールの孫であるトーリンとの関係を築こうというのが今回の訪問の目的でもある。
「ドワーフはラエルの思うような種族ではない。来るべき時がきたら、きちんとお前を連れて行く」
これ以上抗議をしても無駄なことはラエルも分かっていた。父のNoは絶対なのだ。
「来るべき時っていっても、もう何百年もお願いしてるじゃない!」
ラエルは行き場のない怒りを発散すべく、テーブルの上に載ってい葡萄の皿をひっくり返すと、王座の間から出て行った。
― 聞き分けが悪いのも、母親譲りか…。
スランドゥイルは額に手を当てると、やれやれといった表情で首を横に振った。