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□潮騒
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あの人はいつも、勝手に私の中に入ってくる。
掻き乱されているのはいつも私だけ。
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潮騒
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廊下を歩いていたら前から浮竹隊長が手を振りながら歩み寄って来た。
「君に似合うと思って買って来たんだ」
そう言って私の手をとり、深紅の華の髪飾りを掌に置いた。
最近、隊長によく声を掛けられる。こうして私の為にお土産を買ってきてくれたりもする。
自分でも、もしかしたらなんて自惚れてしまう時もあるけど。
「浮竹隊長の考えている事が分かりません。どうして私に構うんですか」
だけど、この人は皆に優しい。
だから、特別扱いされても気にしてはいけない。
好きになってはいけない。
「分からないかな?」
笑顔を崩さないで、私よりずっと大人な人。
「分かりません」
「そうか?結構分かりやすく態度に表してるぞ」
「私には…分かりません」
下を向いて、否定することしか出来なかった。
「じゃあ少し本気だそうかな」
いきなり声が低くなり顔を上げると、隊長がじりっと詰め寄って来た。
壁際に追い込まれ、逃げようとしても顔の横に両手を置かれているのでどうする事も出来ない。
目の前には見たこともない真剣な表情の隊長。
何処か切羽詰まったような苦しい顔にも見えた。
瞬間、私の胸の奥がキュウッとなる。
(キスされる…!)
唇に触れそうになり、咄嗟に強く目を閉じた。
「ははっ、冗談冗談」
私の頭にポンッと手を乗せる隊長はいつもの笑顔に戻っていて。
また胸の奥が苦しくなった。
「ま、気長に頑張るさ」
恐い思いをさせて悪かったと私の頭を撫で、隊長は背を向けて歩いて行った。
私はその広い背中を見つめる事しか出来なくて、さっきの隊長の表情を思い出す。
いつもの愛想の良い人懐っこい笑顔じゃない、男の人の顔。
あぁ、あの人はこうやって知らず知らずのうちに私の中に入ってくるんだ。
これがあの人の仕掛けた罠だとしたら、私はこれから毎日隊長の事ばかり考えてしまうのだろうか。
END
采さんへ捧げます。
200090906改定