□秋空に思い出すのは貴方
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『隊長格懇親会』と銘打たれた飲み会は酉の刻開始と知らされていたが、突然頼まれた急ぎの書類仕事を片付けていたら、もう戌の刻を回っていた。
この日の為に、日頃溜めこんでいる書類は、嫌々言いながらも全て終わらせたのに、苦労が水の泡だ。
おまけに、「何が楽しくて、そんなもんに出なきゃなんねえんだ。仕事してる方がマシだぜ」と、あからさまに嫌がり、執務室の机に張りつく日番谷を、「隊長同席じゃなきゃダメなんですから」と説得し、強引に連れ出すのに時間を食ってしまった。

指定されていたのは、普段乱菊が飲みに行く赤提灯街の中でも最も割高な割烹料理屋で、店に着くなり乱菊は、さすが経費で落ちるだけあって良い店選ぶわね、と期待に胸を躍らせながら奥座敷の襖を開けた。

「あら?一角、あんたいつから隊長格になったのよ!」

いの一番に目に入ったのは、壁際にドンと居座るスキンヘッドの男だった。
ここには隊長格の地位の者しか居ない筈なのに、彼の地位は三席。
すると斑目一角は「ヘッ」と鼻を鳴らしながら、悪態をついた。

「うるせえ松本、俺だって来たくて来てんじゃねーよ。うちの隊長が欠席だから、代わりに副隊長のお守…ぶぼおお!!」
「やだ!かかったじゃない!」

ぞんざいな扱いをされ御立腹のやちるに、ヤケ酒を仰ごうとした後ろからメニュー表で頭をしばかれ、一角は盛大に日本酒を吹き出した。
よくよく見れば、やはりというべき、十二番隊や御大一番隊の姿は無く、他にも顔の見えない隊長が数人。
経費が死神協会から出るという以外は、いつもの飲み会とさほど変わらなかった。

「ほらな。何が”隊長同席”だよ。来なくても良かったじゃねえか」

一般の死神からすれば、そうそうたる顔ぶれだが、日番谷にすれば、うんざりするようなメンツだ。
他にシラフで居られるような硬派な人物は居らず、「結局また俺が尻拭いさせられんのが目に見えてるぜ」と、まだ不機嫌を引きずっていたが、ここまでくれば面倒な事は雛森に押し付け、自身は「拭く物拭く物…」と、回りをキョロキョロ見渡す。
すると奥の方から「乱菊さん、こっち席取って置きました!」と、檜佐木修兵に手招きされた。

「コレどうぞ、乱菊さん」
「あら!気がきくわね〜」

渡されたおしぼりで死覇装を拭いながら、隣の修兵が何やら浮かれながら話しているのを右から左に受け流し、今夜のお供はどんな子(酒)にしようかしら…と考え、乱菊はふと格子窓を見上げた。

(ああ…そっか…。もうそんな時期なのね…)

丸く切り取られた濃紺の夜空に、黄身色の月が細身を漂わせる長月の夜。
意識せずに見上げた空が闇夜で良かったと、乱菊は思った。
何気ない拍子に、なんの覚悟も無く見上げた先に、雲一つない青空が見えたとしたら、きっと泣いていたかもしれない。

青空。
枯木。
灰色の大地。
渋色の干し柿。
向こう側で笑っている、銀髪の少年。


覚えている限り、それが乱菊にとって最初の記憶だった。
乱菊の全ては、市丸ギンとの出会いで始まったのだ。

死んだ人間の事をいくら考えても仕方ないと言うのに、一年の内、この時期だけは、悲しさを道ずれにギンの事を思ってしまう。
それまで思い出さずにいたのは、乱菊自身が無意識に忙しさを呼び寄せ、ギンの事を考えない様にしていたからだ。
だがこうして一度意識してしまうと、何を見ても、何をしていても、引きずられるように銀髪の男の事を思い出してしまう。
騒々しいこの場に身を置いていても、自分とは違う世界の出来ごとに思えて、今にも男の名を口にしてしまいそうだった。

もはや酒を選ぶどころでは無い。
今の乱菊に、辛口だの大吟醸だの、酒の味を楽しむ余裕など有る筈も無く、酔えれば何だって構わない。
今日が何月何日なのか忘れられたら、それでいい。
頭によぎる男の姿を振り払う様に、乱菊はその辺にあった適当な一升瓶を抱えると、湯呑に並々注いだ。
日番谷が遠くで「飲み過ぎんじゃねえぞ」と、静かに自重を促したが、余計な思考を遮断して酒に救いを求めた副官の耳に届くことは無かった。



***************



「副隊長も寝ちまったし、そろそろ俺は帰るぞ」

風呂敷でも掴む様に、寝入ってしまったやちるの死覇装を持ち上げ、一角が席を立ったのを見て、修平が辺りの隊士達の顔色をうかがえば、皆程よく酒が入ったようで、目が据わっている者もちらほら居た。
丁度頃合いか、と幹事である修平も立ち上がり、パンパンと二回ほど手を打つ。

「じゃあお開きにしますか!」
「後片付け、後片付け〜」

散らばった皿を重ね始める者、残った酒を一気飲みする者、それぞれ動き始め、俄かにざわつき始めたが、それでも動かない黒い塊が一つ、机に突っ伏していた。

「珍しいな、乱菊さんが酔いつぶれてる」
「乱菊さんに限って、急性アルコール中毒ってことはないよね」
「乱菊さん!!帰りますよ!」

『酒豪』『もはやザルを通し越してワク』とまで言われた酒好きの乱菊が酒に負ける光景に、周りは興味深々で、見かねた修兵が乱菊を揺り起そうと試みたが、乱菊が起きる気配は全くなかった。

「しょうがない。女連中まとめて送ってくか。俺は乱菊さん送ってくから、吉良、お前は雛森な。阿散井は朽木送ってけ」
「あ、私は大丈夫なので、阿散井君達と一緒に帰ります。吉良君、心配だから乱菊さんの方をお願い」
「そうっすよ、檜佐木さん変なことしちゃダメっすよ!」
「そ、そういう意味じゃ!」
「俺は寝込みを襲うような男じゃねえ!!」
「先輩…顔に、僕が邪魔って書いてあります」

雛森の隣に居た筈の日番谷は、緊急の呼び出しで先に帰っていたため、この場を仕切る形で修兵が指示を出す。
思いがけず、乱菊の送り役を手に入れてしまった修兵だったが、後輩達に下心を見透かされ、なんとも締まらないまま、この日は解散になった。
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