「はひー!?何やってるんですか獄寺さん!」 ハルがすっとんきょうな声をあげて指差した先に、喫煙所でゆったりと紫煙を燻らせる獄寺がいた。 「これ以上禁煙してたら精神的に悪い」 やはり自分には禁煙など無理だ、と隠しておいたシガレットケースを持ち出したのは30分前。 久々のタバコの一口目は頭がくらりとしたけれど、すぐに慣れて懐かしい口当たりに胸のつかえが取れ清々しいくらいの安堵感に包まれた。 目の前のハルはブルブルと肩を震わせる。 彼女がなにを訴えたいか分かっていたが、微かな罪悪感もあって獄寺は黙って聞くことにした。 「なにが禁煙ですか!口寂しくなったら代わりにキスしてきたくせに!裏切りものおぉー!ハルの唇を返してくださいばかばかーっ」 ベタだとは思ったのだが、ハルを理由にすれば禁煙できるんじゃないかと淡い期待を持って始めた。けれど長年続けてきた行動を辞めるのは並大抵のことじゃないらしい。 最初のうちは楽しかった。 タバコが吸いたくなったら禁煙を言い訳にハルを呼んで、柔らかな唇を堪能していれば気が紛れた。 だがいつだってハルがそばにいる訳じゃない。タバコが吸いたくなるのはなにも家にいるときだけではなく、むしろ仕事中のほうが多かった。 例えばクソみたいな報告書を上げてきたときの小さな苛立ちだとか、腹に一物がある古狸たちを相手にした後だとか、妙な間が持たない時など、言ってしまえば始終タバコが恋しくなる。 それに、案外喫煙所での気軽な会話のなかに何かのヒントやアイデア、また交流のきっかけになったりするものだ。 精神安定上にも円滑な仕事のためにも、獄寺にとってタバコは切っても切り離せない重要な役割を担っていたらしい。 まぁそれに気づけただけでも禁煙の意味はあった、と獄寺は都合良く勝手に納得していたのだが、そんなことをきかされていないハルにとっては裏切り行為に等しいだろう。 黒々と大きな瞳が艶やかに潤む。 どかどかと派手な足音を立てて近づいたハルは、獄寺の胸をポカポカ叩いた。 「ハルは獄寺さんのためを思ってキスしてたんですよ!?もうー、あり得ませんっ」 ぷくうと頬っぺたを膨らませる彼女は子供みたいだったが、可愛い。 獄寺は口元を緩ませて、ハルの髪に指を差し入れると耳元へ唇を寄せた。 「え?お返しがほしいって?仕方ねぇなー」 「バカじゃないですかっ」 どか! 意外とキレイなフックが獄寺の左脇腹に炸裂する。 油断していたせいで腹筋に力を入れていなくて、衝撃がモロに内臓まで走った。 「…っ。おま、いい腕してんじゃねぇか……」 「反省してください」 その場で踞る獄寺を一瞥したハルは、ふんと鼻息荒く吐き出すと回れ右をしてその場を去る。 なんとか許しを乞うてハルのご機嫌が治るまで、約一週間。 獄寺はしばらくハルに頭が上がらなかった。 fin. |