■ 獄ハル ■

□戦略
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隣に座って、じっとして。
黙ったまま、瞳を見つめて何かを訴えるように。

「…なんだよ」
私は息を殺してその瞬間を待つ。
女子たるもの、がっついてはいけません。
「だからなんだっつーの」
ここでイラッとしちゃいけない。
焦りは禁物。私は今、海のように広い心で待ち受けなければいけない。
私は眉を寄せて一生懸命念じた。獄寺さんに伝わりますように、届きますように。

彼は前髪をスマートに掻きあげ溜め息をひとつ。
獄寺さんの体が大きく動き、私の心臓がドキリと跳ねた。――もしかして!
と、思ったのもつかの間。
彼は立ち上がると近くのソファへ移動し座り直すと、スマートフォンを弄り始めた。

置いていかれた私は、膝においていた拳をワナワナ震わせる。
…ハル、さすがに怒っていいですよね。

「獄寺さんのぶあぁぁぁぁかーーー!」
「はァ?ンだよ唐突に」
「乙女心を全然わかってません!」
「意味わかんねー」
「意味わかんないのは獄寺さんの方ですよ!女性に恥をかかせるだなんて!なに考えてるんですかっ」
「むしろお前がなに考えてンだよアホっ」
獄寺さんに言われてぐっと唇を噛んだ。

…だって。
だってだってだって!!
クラスのお友だちが、こうしたらキスできたって言ってたんですもん!

ファーストキスの味を知らないの、ハルだけなんですから。
獄寺さんはハルと付き合ってるくせにぜんぜんそういうことしようとしてこないじゃないですか!
だからハルから隙を作ってあげたのに、なんで分かんないんですかバカ!

そういいたいのに言えなくて、「もう知りませんっ」と立ち上がり学校の鞄を拾う。
キスしたいって思ってるの、ハルだけなんですか?獄寺さんはそういうことに興味がないの?
悔しいし恥ずかしいしなんだか泣きそうな気分。しかも彼は、帰ろうとする私を引き留めようともしない。それにも少なからずショックだった。
「おいハル。なにヒスってんだって」
私の背中へ呼び掛ける声に、少しだけ顔を向けた。

「…アノ日か?」
至極真面目に言う獄寺さんに、怒りが頂点に達した。

「――何言ってるんですかバカじゃないですか信じられません獄寺さんっ!サイッテー!よく女子に向かってそんなこと言えますよね!?ハルはこないだ生理が終わったばかりですし、っていうかそういう話を引き合いに出さないでくださいデリカシーなさすぎです!!獄寺さんのアホー!」
「お前がおかしいから心配してやってんだろうがよなんだその言い種!大体、アホっつうほうがアホなんだからな!」
「じゃあ獄寺さんのほうが手のつけようもないアホですね!先にハルをアホっていったんですからっ」
「お前も今アホつったろうがよ!」
「ほらまた言うー!獄寺さんのアホアホ!」
お互いにヒートアップしてしまい、歩み寄ると胸ぐらを掴みそうな勢い(実際にはしないけど)でアホを交互に連発した。

そのうち息切れしてきたのと、よく考えたら問題はそこじゃないし小さな子供のケンカみたいになっていたことに気づいて次第にフェードアウトしてしまった。

…はぁ、獄寺さんって本当に子供。
彼と同じレベルでケンカしてる私もバカだ。
こんなじゃキスなんて、私たちにはまだまだ遠い先の話かもしれない。
お付き合いしているはずなのに何でこんなに上手くいかないのだろうと、私は長いため息とともにかっくり肩を落とした。





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