■月夜はほろ酔いデートが似合う 「獄寺さんのぶあぁーか!」 「はいはい」 「いっつもハルばっかりいじめて!」 「悪ぅございました」 「なんでそんなに意地悪なんですかっ!もー、キライですっ」 「苛めた覚えはねぇっつの」 「ハルには優しくしてくれないのに、すぐ女のヒトと仲良くなるし…。ちょっとくらい見た目がカッコいいからってフケツです。デストロイですぅ」 さっきから獄寺を「キライきらい」と言いながら、ハルは彼の腕にしっかり巻き付いて離さない。 くすんと鼻を啜っては涙を袖に擦り付けた。 一方の獄寺はクダを巻いたハルにうんざりしながらグラスを傾ける。彼女は絡み酒であるらしい。 初めのうちはまともに取り合っていたが、次第にバカらしくなってきて好きなようにさせていたら何故かこうなってしまった。 今日は久々に並盛のメンバーで飲みに来ていた。 ボンゴレの仕事で大きなヤマを終えてその打ち上げのために集まったのだが、比較的夜の早い時間であったことから京子やハル、ビアンキたちも声をかけたのだ。 珍しい会合に気を良くしたハルは飲むペースがいつもより早く、獄寺が止めるのを聞かずにグラスを空けていくうちに酔いが回ってしまったらしい。 (二度とコイツは呼ばねぇ) 獄寺はハルから顔を背けて舌打ちした。 さっきから仲間の視線が痛い。 ここにいる全員が獄寺とハルの関係を知っているだけに、口には出さないがニヤニヤと口元を緩めて二人を眺めてくる。ハルはどうせ忘れてしまうだろうけれど、なぜ自分だけがこんなに居たたまれない気分にならなければいけないのか無性に腹立たしい。 かといって酔っ払いに説教することほど無駄なことはないため、獄寺は適当に相槌を打つことしかできなかった。 「聞いてますか獄寺さんっ」 「あー…聞いてる聞いてる」 「嘘ばっかりー!ハルのこと、どうでもいいとか思ってるんでしょっ」 「んなワケねぇだろ」 いい加減にしてくれ。獄寺は何度目かになる長い溜め息をはく。 ハルが何を言ってほしいか、分かってる。 二人きりならまだしも人がいる前…しかも綱吉を筆頭に昔からの顔馴染みばかりが集う場所で言えるわけがない。 体を寄り添わせて腕をぎゅっと抱き締めるハルが寂しがっているのは誰の目から見ても明らかだった。 ぽん、と反対側の肩を叩かれた獄寺が振り向けば、敬愛する主はにっこり笑っていた。 「獄寺くん。ハルを連れて帰ってもらえるかな」 「ですが…」 綱吉は自分のスマホをヒラヒラさせて肩肘をつく。 「どうもシャマルが後から来るみたいなんだよね。俺らはともかく、泥酔したハルは危険だから」 獄寺は「うっ」と息を飲んだ。 ボンゴレボスの右腕である自分が祝いの席を外すなんてあってはならないけれど、あの女たらしで有名なシャマルが来るとなると話は別だった。酔っ払ったハルはいい餌食になるだろう。 あのエロおやじは酒にかこつけて何をしでかすか分かったもんじゃない、と獄寺は頭痛がしてこめかみを指で押さえた。 綱吉にすいませんと短く断りをいれてハルの二の腕を掴み、席を立つ。 「ほら、帰るぞハル」 「あー!逃げるんですか獄寺さんっ。ひきょーものぉ」 「つべこべ言わずに来い!!10代目のご迷惑になんだろうがっ」 「ツナさん…?またツナさんを言い訳の理由にするんですか?…――貴方はハルとツナさんとどっちが大事なんですかああぁー!」 「いい加減にしやがれアホ女がっ!いいから帰るぞ!」 獄寺はハルの首根っこを掴むと、ドカドカと盛大な足音を立てて店を後にした。 そんな二人が微笑ましくて、みんな笑いながら手を振る。 山本は綱吉に頭を寄せるとこっそり耳打ちした。 「なーツナ、おっさん来るの?」 「来るわけないじゃん。誘ってもないのに」 「へ?だって今、獄寺に…」 「嘘も方便ってね。ああ言ったら獄寺くんも帰りやすいだろ」 「なるほど。さすがツナだなー」 「シャマルの悪癖もたまには役に立つよね」 綱吉と山本は目を合わせ、困った親友だと同時に吹き出した。 * パンプスのヒールが折れたと泣き叫び、靴に当たって放り投げたハルをおぶった獄寺は、黙ったまま暗い夜道を進む。 「獄寺さぁーん」 「…獄寺さん?」 「は・や・とさんっ!あはははっ」 何が楽しいか知らないが、ハルは獄寺の背中でキャッキャと笑い声をあげた。 それから首が絞まるかと思うほどぎゅっと抱きついてくる。 ここまで酔ったハルを見たのは初めてだ。 もう二度と酒を口にさせないと獄寺は心の中で誓いを立てる。 「それ走れっ、隼人号ー!ご褒美は人参ですよ!」 「…今度はお馬さんごっこかよ」 住宅街の直進に入った。 走れ走れとハルが獄寺の肩を揺らす。 ――吐いても知らねぇからな。 獄寺は道の先を見据えてやや前傾姿勢を取ると、ハルを背負ったまま全力疾走した。 「キャーッ!は、早いです怖いですっ」 「うっせ!」 50Mほど走ったところで獄寺の息が切れた。 普段から鍛えているとはいえ、腹は膨れてるしハルを背負っているしアルコールも残った体にはこれが限界だ。 肩で息を整えながら背中のハルを降ろすと、彼女は「ぎぼじわるい…」とその場に崩れ落ちた。 「…ハァ、ざまぁ、…ねえな……ハァ…」 「もう〜。あり得ません…うぷっ」 「おーおー、吐いて正気を取り戻せアホ女」 道の橋まで四つん這いで移動したハルは、今の揺れで胃からせり上がってきたものを吐き出した。 呼吸が落ち着いてから獄寺はハルの傍まで行き、自分よりか弱い背中をさすってやる。 (自分がしでかしたことをちったぁ反省しやがれ) 少しはすっきりしたのか、ハルの瞳の焦点が戻ってきたように思う。 ポケットからハンカチを取り出してハルに渡したら、ハルは地べたに座り込んだままクスクスと笑いだした。 「久しぶりですよね。その呼び方」 「なにがだよ」 「昔に戻ったみたい。楽しかったです獄寺さん。ありがとうございます」 ハルは自分で立ち上がると微笑みを称えたまま獄寺に真っ直ぐな視線を向ける。 「さっきね、キライって言いましたけどあれは嘘ですよ。大好きです」 「――わぁってるっつの」 「ちょっと甘えてみたかっただけです」 「だから。全部わかってっから」 ハルの額にほのかな温もりが落ちる。 視線だけ上げてみると、月夜をバックに優しく微笑む恋人がいた。 月光が当たった輪郭がもやがかり神々しさすら覚える。 良く知ったヒトのはずなのに、まるで知らないヒトのよう。 ――このキレイなヒトは誰? 白くて無骨な長い指がハルの艶やかな黒髪に差し入れられた。 「…10代目とハルとじゃ比べるベクトルが全然違うけど、お前も相当大事なんだからな。よく覚えとけ」 獄寺が幸せそうに笑うから、ハルも釣られて笑顔になった。 「はいっ」 「あと他の女に言い寄られても興味ねぇし絶対なびいたりしねえから心配すんな。仕事上の付き合いだけだ」 「わかってます」 「俺が好きな女はハルだけだ」 「はい。ハルも大好きです。――隼人、さん」 ハルが大好きな背中に手を回めば、それに応えて力強い腕が抱き返してくれる。 確かな温もりと月明かりは、二人を祝福しているように包みこんでいた。 |