「獄寺さーん!お邪魔しますよー」 「んあ?なんだ、ハルか」 玄関から自分を呼ぶ元気はつらつな声が聞こえてきて、ソファに横たわり月刊UMAを読んでいた獄寺は雑誌を閉じた。 この間、ハルに合鍵を渡してやったばかりだ。出入りを自由にすれば自分がいなくても彼女が家の片付けや食事を用意をしてくれるから便利だし仕方なく、というのは獄寺の弁。 ハルは獄寺の彼女なのだから言い訳せずに渡せばいいものの、それを素直にできないところが獄寺隼人たる所以なのである。 弾ける笑顔と共にパタパタと楽しげな足音を立ててリビングへやってきたハルは、バッグだとか手荷物をその辺に放り投げてソファで寝転がる獄寺の横に仁王立ちした。 「今度みんなでプールにいくでしょ!?それでいまさっき京子ちゃんと水着を買ってきたんです!」 言うや否や、ハルは自分のシャツの裾を持ち上げておもむろに脱ぎ始める。 いきなり目の前で着替えだしたハルに、獄寺はぎょっと目をむいた。 「ちょ!おまっ、何して…!!」 いくらハルの体を見慣れているとはいえ、真っ昼間からこうも大胆に服を脱がれるとさすがに焦る。恥じらう様子もなく鼻唄混じりに生脱ぎを披露するハルに動揺してしまい、獄寺はソファから飛び上がった。 ぱさっ。白いシャツがハルのほっそりした足元に落ちる。それからボーダー柄のキャミソールも花柄のミニスカートまでも。 ソファから上体を起こしてはみたが、獄寺は全身が硬直してハルを直視できない。脱ぎ捨てられた布だけが次々にフローリングの床へ落ちていく。 様子の異変に気づいたハルは「獄寺さん?」と呼び掛けてみた。 当の獄寺は恐る恐る、足元からふくらはぎ、膝、太もも、徐々に上へて視線をスライドしていく。 …なんだ、下着は着けたままかよ。 ほっとしたのと同時に、一瞬だけ視界に入った布地にうっかり舌打ちした獄寺だった。 そんな彼には気付かずに、ハルは手を腰に当ててどーですか!と言わんばかりに胸を張った。 「見てください、新作の水着!可愛いでしょっ」 「――…はっ?」 「あんまり嬉しいので、着たまま帰ってきちゃいました」 かっくり項垂れて銀糸をかきむしる彼をハルはまじまじと見つめる。 「…どうしたんですか獄寺さん?」 確かに可愛い。新体操部に所属しているだけあってくびれもしっかりあるし、ほどよく肉付きもいい。 今年流行りの目に鮮やかなネオンカラーの水着には、ライトブルーベースにピンクの大柄花があしらわれ、快活なハルのイメージにマッチしていた。 しかしこの「微妙に裏切られた感」と「それを他の男に見せんのか」的な苛立ちは拭いさることはできなくて。 「お前、それパレオとかついてねーの」 「はひ?あったほうが良かったですかね」 獄寺は立ち上がり、ソファに置いてあったタオルケットをハルの肩にかけた。 ハルは何気なしに水着を見せているのだろうけれど、この状況はなかなか目には毒だ。 「似合ってるしそのままでも別にいーけど、水着のときは絶対にパーカー着とけよ。男誘ってんぞ」 「なんてこと言うんですか!誘ってませんよっ。それにこれ、京子ちゃんと色違いのお揃いなんですぅー」 そこまで言ってハルははたと気付いた。 「獄寺さんは、誘われました?」 「…普通にビビった。急に着替えだすから」 難しい顔をしてる獄寺の耳朶がほんのり紅い。 素直に可愛いとは言ってくれないけれど、自分を心配する物言いと照れが見える態度にハルは満面の笑みを溢す。 「じゃあ、ハルに似合うパーカーを選んでください。そしたらそれを着ますから」 「え?もうコレで良くねぇの」 「ちょっとー!コレはタオルケットじゃないですかっ。海とかプールに持っていったらハルがアホみたいに見えるでしょー!」 ケラケラ笑う彼の胸あたりをポカポカ殴って、その勢いのまま抱きついた。 一生懸命選んだものを気に入ってくれると嬉しい。ハルは誰よりも早く彼に水着を見せたくて、急いでここへやってきたから。 「今から行くか?時間的にまだ店やってんだろ」 「はいっ!今年はいっぱい海に行きましょうね獄寺さん」 みんなでプールへ行くのも楽しみだけれど、時々は二人で出掛けられたらいいな。 心が浮き立つ楽しいことをたくさん思い描けば、きっと今まで以上にワクワクドキドキがたくさん詰まった夏休みになる。 |