■ 獄ハル ■

□シナモンとミルクティ
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「なんでそんなに不機嫌なんですか獄寺さん。いつも以上に凶悪なお顔してますよ」

ハルがそんな風に軽口を叩いてみても、向かいに座る獄寺はチラリともハルを見ずに押し黙っていた。
かと思えば手元の灰皿を持ち上げてリビングのソファへ移動し、テレビを付けて見始める。
なにがそんなに気に入らないのかハルには分からない。けれど、獄寺が変に拗ねてしまったときは下手にアレコレ詮索しない方がいい。
彼と付き合いはじめてから学んだのは、気持ちの変化に応じた距離感。ハルはしばらく様子をみてからゆっくり訊ねた方がいいと判断し、立ち上がってキッチンに向かう。獄寺と自分のために美味しいミルクティを作ろうと、冷蔵庫から取り出した牛乳を火にかけた。

今日は綱吉たちと別れてから、二人で獄寺の家に来ていた。
高校生になったいまも変わらずに仲の良い仲間たちとわいわいお喋りしている間、ハルから見れば獄寺はとても上機嫌に見えた。…例えムシャクシャすることがあっても、獄寺が綱吉の前ではそれを表に出さずに隠していただけかもしれないけれど。

お付き合いを始めてから1年半は経つが、ハルは未だに彼の地雷がどこにあるのか掴めないでいる。
昔から変わった人だとは思っていた。獄寺は他人よりも感情の振り幅が激しい分、それがどこに向かうのか判断がつきにくい。
こと綱吉が関わる出来事は感情が喜びに向かい易く、それ以外は負の感情が強く働く傾向にある。
…ということは、彼女であるはずのハルでさえ、獄寺にとって「それ以外」の対象ということなのだろうか。そう考えると、糸のように細く引いた微かな寂しさがハルの胸の内に過る。

嫌われているわけではない、と思いたい。でなければ警戒心の強い彼が自宅へ呼んだりしないだろう。
萎みかけた気持ちを震わせたハルは、ちゃんと彼を信じようと思い直して2つ分のカップを持ち、リビングにいる不機嫌丸出しの獄寺の隣へ当然のように座った。

「はい、どうぞ。最近ハルがハマってるシナモン入りのミルクティです」
「おぅ」

返事は短くても獄寺はハルからカップを受けとり、口をつける。
それを確認してから、ハルもフーフーと息を吹き掛けて飲み始めた。甘いはちみつと紅茶のいい香り、そこに中和するシナモンが心をほんわりさせる。

「――…甘っ」
「えー!?これでも獄寺さん用に控え目にしたんですよっ」
「普段どんだけ糖分摂ってんだよお前」
「そーゆーこと言わないでくださいよぅ。甘いものは疲れを取ってくれるって言うじゃないですか」
「お前が疲れをためるタマかっつーの。まぁ、別に飲めなくはねぇけど」
「ハルの愛がたっぷり込もってるので、ちゃんと全部飲んでくださいね」

しかめっ面の彼へハルはにっこり微笑む。柔らかな笑顔なのに妙な迫力があり、獄寺は彼女に圧倒されてまた少し飲み進めた。

* * *

空になったカップをリビングのローテーブルに置いて、会話もないまま二人してじっとテレビを見ていたときに、ハルは言った。

「実はハル、シナモンって苦手だったんですよね」
「あ?」
「独特のあの香りがだめっていうか。でもね、この前京子ちゃんがくれたシナモンロールがすっごく美味しかったんです。それで、お砂糖とかハチミツと混ぜたら食べれるんだって最近気づいて、紅茶や牛乳を甘くしてからシナモンを入れるようになったんです。獄寺さんは苦手じゃなかったですか?」
「別に。普通に旨かったけど」
「なら、良かったです」

ふと気付くと獄寺の顔がすぐ傍にあって、ハルはそっと瞳を閉じた。
唇に触れたマシュマロみたく柔らかな感触は、小さなリップ音と共にすぐに離れる。
近頃はこうした恋人同士のふれあいも自然にできるようになってきた。ただ気持ちを重ねるだけの、甘くて優しい挨拶のようなキス。

自分と一緒にいることで、少しでも彼の心がほぐれたらいい。
いつも(綱吉以外の)人に対して攻撃的だと、獄寺は疲れてしまわないだろうかとハルは常々疑問に思っていた。なら、彼はいつ休むの?暗い部屋で一人きりになったとき?それは余りに寂しくはないか。少なくとも自分なら耐えられない。

せめてハルが傍にいるときくらい、獄寺がニュートラルな状態でいられるようにしたいと思う。それが「獄寺の彼女」としての使命なんじゃないか。
獄寺が自分と一緒にいることで、安らいで欲しい。隙を人に見せない彼の、ココロの受け皿でありたい。この使命感は同時に、ハルの切なる願いでもあった。

彼が好きだから。しょっちゅう口げんかをしてしまうけれど、大切にしたいと心から思う。

だから彼が言葉にせずとも態度で頼ってくれると、ハルはホッとした。
例えばさっきみたいなキスとか。
普段の彼からは絶対に想像がつかないけれど、ハルの肩に頭を置いて手を握りしめてくる彼のさりげない仕草とか。
自分にだけ開示してくれる心の隙間を、埋めてあげられるのならばいくらでもしてあげたい。
獄寺と付き合うようになって、ハルは「待つ」ことを覚えた。獄寺は人よりも気持ちを解くのに時間がかかるから。それを掬い取れるのは自分だけ。こう考えられるようになるまで、時間はかかったけれど。

「――お前さぁ、なんで俺なわけ」

暫くだんまりを続けていた獄寺が、ぽつりとそんな風に切り出した。

「はひ?じゃあ獄寺さんはなんでハルなんですか」
「質問に質問で返すなっつの」
「…そうですね。守りたい、って思ったからですかね」

彼は不思議そうな顔でハルを見つめる。ハル自身、なぜ男性の彼に対してそう思うのか不思議だ。でも「守りたい」と思ってしまうのだからどうしようもない。
うまく理解してもらえるか分からないけれど、ハルは繋いだ手の指先に少し力を込めた。

「獄寺さんも、ツナさんのこと守りたいって思うでしょ。他の皆も同じだと思うんです。だからツナさんを守ってくれる人はたくさんいるけど、じゃあ獄寺さんは誰が守るんだろうって考えたのがきっかけだったかも、です」

中学生の時、ハルはツナのことが好きでいつも追いかけていた。なのにいつの間にかこんなにも彼に惹かれてしまった。
外見だけだと彼は女子からとても人気があるけれど、ハルと獄寺は最初から折り合いが悪かったはずだ。言葉をぶつけ合うことなんてしょっちゅうで、なんでこんな凶暴な人がモテるんだろうと疑問に思ったものだ。

「獄寺さんはずっとツナさんの右側にいたから、サブリミナル効果もあったかもしれませんねぇ」
「なんだよそれ」
「あははっ。…でもね、今は本当に好きですよ。ツナさんのときみたいにぶわーって燃え上がるみたいな激しい感情じゃないですけど、あの時は恋に恋してた所があるから。エラそうなことを言わせてもらえば、獄寺さんを気持ちの上で支えていたいなって思ったんですよ。こんな風に考えるのは、貴方にだけです」

チカラになれてるかなんて、分からないけれど。
きっかけなんて些細なことに過ぎない。ただ次第に気持ちが移行していったのは間違いなくて、傷ついていたハルに優しく手を差し伸べてくれた温もりは、今でもハルの心の宝箱に大切に仕舞われていた。

あの時のように、今度は自分が、彼に手を差し伸べたいと思うから。

「後悔してるか?」
「何をですか?」
「――だってお前、10代目のが良かったんだろ。今日だって楽しそうに喋ってたじゃねーか」

きょとん、とハルが獄寺を見つめると、獄寺は気まずそうに顔を背ける。
銀髪の隙間から見える耳はほんのりピンク色を帯びていた。

「あれ。もしかしてヤキモチですか獄寺さん」
「違うっつの!」
「もー。素直じゃありませんねぇ。そういう獄寺さんも可愛くて好きですよ」
「だから違うっつってるだろーがっ」

こんな可愛らしい愛され方があるだろうか。
胸をぎゅっと鷲掴みにされて、嬉しさに動かされたハルはその思いのままに獄寺の頭に抱きついた。

「お前なぁ!」
「心配ご無用ですっ。ツナさんも大切な人ですけど、今のハルには獄寺さんのほうがずっとずっと大好きで愛しい人ですから!」
「――…恥ずかしいヤツ」

憎まれ口を叩きながら、獄寺も華奢な体を横たえて力強く抱きしめ返した。
まるで“絶対手放せない”とでも言いたげで、幸せを誘い込むような柔らかな温もりにハルはうっとりと瞳を閉じる。
先ほど飲んでいたミルクティの香りが二人から仄かに漂っていた。

――苦手だったシナモンは、甘みが加われば最高のエッセンスに生まれ変わる。




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