「アホ女。指輪のサイズ何号だよ」 「えぇ!?獄寺さん、ハルに指輪をプレゼントしてくれるんですかっ!」 両手を上げ跳び跳ねて喜んだ三浦ハルは、獄寺隼人の腕にまとわりつこうとした。 が、それを瞬時に察して、獄寺は自らの腕を引き上げ、そのままハルの後頭部をはたく。 「いたいです!」 「アホにも痛覚があるんだな。つーかてめぇのじゃねえ。10代目のためだ」 「ツナさん…ですか?それって、ツナさんがハルにプロポーズしてくれるとか…?」 ハルが叩かれた場所を両手でさすっていたら、今度は「厚かましいんだよテメェは」とデコピンを食らう。 「女の子をなんだと思ってるんですか!ひどいですっ」 「お前は女の子の内に入らん。いい大人がかわいこぶってんな」 「あーそーですか、わかりましたぁ!9号ですよ、ハルの薬指は9号ですっ。しっかりツナさんに伝えといてくださいね。ツナさんにプロポーズされたら受けますから。獄寺さんなんか振ってやる!」 「だからアホ女のじゃないっつーの。お前、笹川とサイズ一緒だったろ。10代目が覚えてらして、聞いてくれって頼まれたんだ」 ハルはぐっと息を飲んだ。 見上げると、獄寺は悠然と笑っている。内心で小バカにしているのだろう。 「で?誰が誰に振られるって?つーか、アホ女に決定権なんざ初めからあるわけないだろ。やっぱアホだな」 「アホって言う方がアホなんですー!」 「ガキかてめぇ」 (…てゆーか、なんで久しぶりのデートで言い争いになっちゃうんでしょう) ぷっくり頬を膨らませ、やるせない気持ちは瞳の水分に変わった。 獄寺からハルへ帰国の連絡が入ったのは一週間前。なぜか大人になってから付き合いだした二人は、イタリアと日本という海を越えた遠距離恋愛が続いている。 毎回のことながら、獄寺が日本へ訪れるのはマフィアの仕事がらみだ。 多忙の合間を縫ってなんとか時間を捻出してくれるところをみると、一応は好きでいてくれてるのかとも思ったハルだが、デート中でも仕事の電話がひっきりなしに掛かっていたし、並んで歩いてみても手を繋ぐことすらない。 そしてケンカを売ってくるような物言いだ。 なんで自分と付き合っているのか不思議でしょうがないハルだった。 (…てまぁ、ハルも同じようなものですね) 付き合うというより、「ツナが大好き同盟」といったほうがしっくりくる、とハルは思う。 その一点に関しては獄寺と物凄く気が合うからだ。 仲間内でなんとなくあぶれた者同士が、よくわからない内に付き合うことになった。 きっかけは忘れてしまったけれど。 なので付き合い始め記念日などはなく、たまにメールのやりとりするくらいで、世間一般で言うところの「お付き合い」とはズレていた。 わざわざ愛を語り合うことも、想いを確認することもないけれど。 国外へ立つ前に交わす一瞬の口付けだけが、なんとか恋人同士なのだと意識する瞬間だった。 「ツナさん、京子ちゃんにプロポーズするんですかねー」 「まぁ、そうじゃねえの。お前、先走って笹川に言うなよ」 「言いませんよ!獄寺さん可愛くないです!」 「可愛くなくていいっつの。これでやっと周りが静かになるな」 どういう意味ですか?ハルが聞き返す。妙齢の若きボンゴレボスが独身だと、自分達の利益のためにわが娘を妻にしてくれ、と色んなファミリーから申し入れが殺到して、右腕はその対応にほとほと困っていたらしい。 最近できたばかりのカフェは川のほとりにあり、オフホワイトで統一された店内は、ダウンライトでも明るく落ち着いた空間になっていた。オープンテラス席からはゆったり流れる川を眺めながらお茶を楽しめる。 コーヒーにうるさい獄寺が文句も言わずにカップに口をつけていて、コーヒーが苦手なハルはその旨さは分からないけれど、味に敏感な彼のお墨付きを得られたと分かると大満足だった。昨日の内にネットで調べた甲斐がある。 ハルが待ちわびていたケーキが運ばれる。 秋と言えばモンブランだと主張してみたものの、甘いものが苦手な獄寺は嫌そうな視線でハルを眺めていたが、ハルは気にせず一口目を頬張る。こんな美味しいものを嫌いだなんて、世の中の幸せを半分失っているようなものだ。 「京子ちゃんは、ツナさんのプロポーズを受けるでしょうねぇ」 「当たり前だ」 ツナからのプロポーズを断る理由がない。離ればなれになっても着実に愛を育んでいた二人だ。 やっと待ちわびていたこの時がきたのだから、京子は二つ返事でツナのもとへ向かうだろう。 そんな幸せいっぱいの友達を想像して、自分のことのように嬉しくもあり、一抹の寂しさもハルに過る。 「ツナさんみたいに優しくてかっこよくてハイパー素敵な人からプロポーズされたら、京子ちゃんじゃなくても世の中の女性はみんなすぐ返事しちゃいますよね」 「そうだな。10代目みてぇに渋くてお強くて素晴らしい方に言われて、断るオンナなんざ誰一人いねぇだろう」 本人が聞いていたら「そこ、話の膨らませ方が間違ってるからー!」と突っ込みが聞こえてきそうだが、残念ながら二人に注意できる人間はここにいない。 キャラメルクリームラテをスプーンでくるくる混ぜながら、ハルは寂しげに視線を落とした。 「京子ちゃん、イタリアに行っちゃうのかぁ。日本も寂しくなりますねぇ」 「……」 当然の流れだった。 ツナはイタリアを本拠地としたマフィアのボス。同年代で同じボンゴレファミリーに属する山本や獄寺はもちろん、ランボやイーピン、リボーン、ビアンキ、了平、雲雀、骸、クロームたちも今は皆、イタリアにいるのだ。 「ハルだけ残っちゃいましたね」 いつまでもあの頃のままとはいかない。 たまに帰ってくる彼らを、日本で迎えるのはハル一人になってしまった。 「なんだよ。不満か?ならアホ女もこっちくればいんじゃねーの」 「バカですか獄寺さん。ハルはイタリアに行く理由がないです」 「マジでケンカ売ってんのかてめえ」 「事実をいってるだけですよーだ」 べー、と舌を出して残りのモンブランを片付けた。 分かっていたことだ。 子供じゃないのだから、皆一緒がいいなんてわがままを言いたい訳じゃない。 (ただ、少しだけ寂しいなって…) みんなで毎日過ごしていた日々が、ひどく遠いものに感じられた。 「理由がないと来れないなら、理由を作ってやろうか」 「は?意味わかりません」 「つーかてめえは普段は好きに行動するくせに、来たきゃ勝手に来たらいいんだよ。なんで俺が…」 ぶつぶつ文句を言う獄寺は、ポケットから何かを取り出した。 |