■ 獄ハル ■

□その未来を君は知らない
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ボフン!
身体に衝撃を受けるとともに、視界は真っ白な煙に包まれた。
ハルは何が起こったか状況が飲みこめなくて腕を伸ばし左右に振る。

「ゲホ、ゲホッ。な、なななにごとですか!?」
「あれ…ハルちゃん?わぁ、昔のハルちゃんだよね」

聞き覚えのある柔らかな声が耳に届く。
煙が晴れると目の前には栗色のボブカットが似合う可愛らしい大人の女性がいて、尻もちをついたハルを覗き込んでいた。

「ツっくーん、獄寺くん、ハルちゃんがきたよー」

その女性は部屋の向こうの誰かに声を掛けた。ハルがキョロキョロと辺りを見回すとどこかの家のキッチンのようだ。

「京子ちゃん、どうしたの?…あ、ハルだ」
「ねー。懐かしいよね。今日はどうしてこっちにきたの?」
「え?あ、…その、ここはどこですか?あなたたちは…」

女性に呼ばれてキッチンにやってきた男性は、ハルを認めて破顔した。男女はそろってにこにこと人の良さそうな顔をハルに近づけてくるものだから、ハルは警戒しながら後ずさりした。
だ、誰なんですか!ここはどこですか!?ていうかランボちゃんはどこ!!? ハルは誘拐されちゃったんでしょうか!?
突然知らない人たちに囲まれてパニックに陥っていたハルは、女性に手を引かれて立ち上がった。
あんまり優しそうだから素直に従ってしまった。目の前の二人から敵意は感じられないし、それよりもむしろ。

さきほどから聞き覚えのある声で「ハル」と呼ばれていたのだ。
面影のある男女の顔立ちから、もしかして知り合いかもしれない、と思った。
しかしハルの知る友人たちは同い年の中学生。こんなに大きいわけではない。

「ここはハルちゃんの未来だよ。いま、ハルちゃんと一緒にお料理作ってたところなの」
「――もしかして京子ちゃん、ですか?」
「あはは、もしかしなくてもそうだって。そっか、このころのハルはバズーカのこと知らないんだっけ?まぁ落ち着いて」
「ツナさんなんですか!?」

ハルは飛び上がって驚いた。
だって先ほどまで、ランボといっしょに家でお留守番をしていたはずだ。
ランボの頭からおもちゃや飴などいろいろなモノが出てくるから、ハルは綺麗にしてあげようとランボのもじゃもじゃ髪の毛を探索していた。
その中からデンジャラスな武器が出てきて、こんなものが5歳児の頭にあるなんて危険すぎるからと引き抜いたところで手から滑り落してしまい、気づけばここにきていたハルである。

「ねえツっくん。獄寺くんは?」
「タバコ吸いに外に出たよ。すぐ帰ってくるとは思うけど」
「そうなんだ。せっかく可愛いハルちゃんが遊びにきてくれたのにね」
「うーん。妙にタイミング悪いところあるからなぁ獄寺くんは…」

顎に手を添え呆れて笑う綱吉の左手には、シンプルなシルバーリングが輝いていた。
それと同じものが、京子の薬指にも。

信じられない、と思った。
まず未来の世界に飛ばされたらしい事実も信じられない。だが目の前にいる友人たちを目の当たりにして、ほっぺをムギュっとつかんでみたものの痛くて、これが嘘だとはハルには思えなかった。

それに二人の指には結婚指輪と思しきリング。
ハルはずっと綱吉に想いを寄せていたのに、未来では京子と結婚していた。
京子に負けないくらい大好きだとハルは自負している。
…綱吉がハルに振り向かないだろう、ということも薄々気づいていた。
だけどこんなふうに完全敗北を見せられては、ショックを通り越し呆然としてしまう。

今はまだ知らないでいたかった未来。
こういうカタチで振られるなんて、あんまりです。

じんわり目頭が熱くなって、ハルは慌てて二人から顔を逸らした。
そんなハルを不思議に思ったのか、京子はハルの手を引きキッチンの近くに置いてある椅子を勧めた。

「ハルちゃん、大丈夫?無理しないでね。気分が悪かったら言って?」
「いや、京子ちゃん。そっちのハルは違うから。多分びっくりしてるだけだよ」
「あ、そっか。そうだよね」
「混乱してるかもしれないけど、すぐに帰れるよハル。水でも飲む?」

大人の綱吉も京子も、いきなりやってきた過去のハルに気遣ってくれている。
それが嬉しくもあり、寂しくもあり、悲しくもある。
相変わらず優しい二人に暗い感情をもってしまう自分に、ハルは嫌気がさした。
だけどそれを綱吉と京子に知られるのもイヤだし、ハルなりの意地もある。
大丈夫だと口にして、心配ご無用とばかりに思い切りの笑顔を振りまいた。

「ちょっと驚いちゃっただけです!はひー、こんな不思議なこともあるもんなんですねぇ」
「ふふ、そうだねー。あのねハルちゃん、今日はハルちゃんたちをお祝いするために私たち集まったんだよ」
「お祝い?今日は誕生日パーティーかなにかですか」
「うん、似たような――…もごっ」
「ダメだよ京子ちゃん。未来のことを下手に教えると過去に影響しちゃうから」

ハルの目の前で楽しげに語っていた京子の口を、綱吉は後ろから両手で押さえつけた。
きっとハルがよく知る綱吉は京子にこんな行動はできない。何気ない行為にも二人の仲睦まじさが現れていて、ハルは複雑な想いがした。

「そろそろ時間だ。…獄寺くんに会えなくて残念だったね」
「どういう意味ですか?ツナさん」
「10年経てばわかるよ」

別に獄寺と会えようが会うまいがハルには関係のないことだ。
なのになぜ、綱吉はこんな言い方をするのだろう。
それに10年とはどういう意味なのか。…ここは10年後の世界?

「またあとでね、ハルちゃん」
「そっちの皆にもよろしく」

京子と綱吉がそう言うと、再びあの煙がハルの周囲を包み込む。
ボフン!という音と共にハルは自分が生きた時代へ戻っていった。





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