「獄寺さんっ。もうすぐ5月3日ですよねえ」 「あァ?」 「何の日か知ってますか?」 「憲法記念日だろ」 「そうなんですけど、もっと重要なことがあるんですよ」 いつも以上にまとわりついてくるハルに獄寺は眉をしかめた。 彼が苦々しい表情をするのは彼女が背中に乗ってきて重く息苦しいせいもあるのだが、そんなことは気にせずハルは話を聞けと言わんばかりに獄寺の手元の本を取り上げる。 日曜日の今日、獄寺の主である沢田綱吉は私用で出掛けていた。 綱吉がお屋敷にいないので今日の警備は必要無さそうだと判断した獄寺は、自宅でダラダラ過ごそうと決めた。たまにはこんな日があってもいい。そんな獄寺がソファにうつ伏せに寝転がりながら雑誌を読んでいたときに、三浦ハルは彼の家へとやって来たのである。 ハルが休日ごとに獄寺の家へやってくるのは、無駄に外出をしたがらない彼に起因していた。 ハルとしてはせっかくの休みなのだから、外で恋人とデートを楽しみたいと思わなくはない。だが、少し街を歩くだけで容姿が優れている獄寺はやたらと女性から声をかけられてしまう。 中身はともかく見た目だけは中学時代から天下一品の獄寺は、高校に上がってから一段と美貌に磨きが掛かっているとハルは思う。ハルが並んで歩いていても多くの女性たちから声が掛かるくらいなのだから、余程外見に騙される人間が多いのだろう。 彼は増え続ける逆ナンを煩わしく感じていて、余計に不必要な外出を毛嫌いしていた。 なので、休みだとしても家に閉じ籠ることは仕方がない、とハルにだって諦めもついた。 しかしコレに関しては諦めるわけにいかない。 「ほら、思い付きませんか?アレですよアレ!」 「…なんかあったっけ?」 獄寺は本当に忘れてしまっているようだった。 そうでなくても、ハルの様子で気付いてくれていいようなものなのに。 ハルの中にモヤモヤした気持ちが溜まる。 横たわった獄寺の背後に張り付いていたハルは、上体を起こして腕を振り上げると、思い切りその背中目掛けて叩きつけた。 「いってえぇ!」 「獄寺さんのバカー!無頓着!デストロイーっ!」 「なにすんだテメー!アホにバカ呼ばわりされる覚えはねぇっつの!」 「だって獄寺さんが悪いんですよ!なんでわからないんですかあぁ!」 「だったらはっきり言えばいいだろがっ!面倒くさいやつだな」 …面倒くさい? 獄寺の一言にハルの堪忍袋がプツ、と音を立てた。 「…あぁそうですか。そうですよね。わかりました。もう帰ります」 「あ、そ。鍵閉めていけよ」 見送る素振りも見られない。 一応、彼氏彼女の関係なのに?本当にこの人は自分を好いてくれてるのか、ハルはいよいよ疑いが深くなっていく。 ハルはソファから離れ、怒りのまま自身のバッグを手に取ると玄関へ向かった。 そして出ていく前にもう一度だけ獄寺を振り替える。 ソファにいた彼は座り直してタバコを吹かしていた。 ハルがこんなに怒っているのに、済ました顔でこちらを見ていたことが殊更ハルの癪に障る。 「獄寺さんはハルの体だけが目的だったって、ハッキリわかりました。…もういいです。今までお世話になりました」 「なにバカ言ってんだよ。意味わかんねぇ拗ね方すんな」 拗ねてるわけじゃありませんっ!意味も分からなくないはずです! 苛立ちが頂点に達したハルは、感情の赴くままに大声をあげた。 「獄寺さんのぶぁぁぁーかっ!」 「はァ!?シメるぞアホ女ああぁー!」 バタン! ハルは肩で息をしながらドタバタとマンションの廊下を行く。 こうしてケンカ別れし、お互いにイライラを抱えたままの休日が過ぎていったという。 * 「10代目、5月3日って憲法記念日以外に何があるかご存知ですか」 「え?ハルの誕生日じゃないの」 並盛高校の屋上。 綱吉と獄寺と山本の3人は、いつものフェンス際で弁当を広げて昼食を取っていた。 自分の主があまりにあっさり答えたものだから、獄寺はうっかり口に含んだパンを喉に詰まらせ咳き込む。 どうりで先日、やたらとハルが絡んできたはずだ。 理由が分かり(だったら素直に誕生日だって言えばいいだろっ!)と獄寺はさらに怒りが込み上げてくる。 「ほら、山本とハルとヒバリさんて誕生日が近いだろ?だからまとめて覚えてたんだよね」 「バカが産まれやすい時期なんすかね」 「獄寺くん…それ、ヒバリさんに失礼じゃない?」 「なぁツナ、それは俺とハルに酷くねぇ?」 山本の突っ込みにカラカラと笑う綱吉は、「だって昨日さぁ〜」と楽しげに話し出した。 あまり公表できることではないが、実は山本と綱吉は恋人関係にある。 綱吉の昨日の用事というのは、山本とのデートのことだった。 敬愛するボスの恋人が山本だということに大変不服は残るものの、主が選んだ相手なのだから間違いはないと獄寺は思うことにしている。 (そういや、山本の誕生日も近いのか) 彼らは山本の誕生日をきっかけに付き合い出したのだと綱吉から聞いた。そして同じような時期に、獄寺とハルも。 そう言えばちょうど一年前の今頃だったのではないだろうか。 ――あ、もしかして重要なことって。 獄寺はふと昨年の記憶を辿る。 5月3日。 ハルの誕生日に、自分たちの交際がスタートしたんじゃなかったか。 |