■いつの時も君を想う(2014ツナ誕) それはお絵描きの時間のこと。 武と隼人がお手手を繋いでハルのもとへとやって来た。 「はひ、どうしたんですか武くん、隼人くん」 「あのなーハルせんせい。俺たち、描きたいやつがあるんだけど」 武が画用紙を差し出す。 「ハルせんせーに文字書いてほしいの」 難しいんだもん、と隼人は口を尖らせつつ握りしめたクレヨンを持ち上げた。 仲良しな二人は揃って描きたいものがあるらしい。ハルは口許を緩めながら二人に微笑みかけた。 「いいですよー。なんて書きましょうか」 一生懸命な子供たち保育士として力になってあげたくて、ハルは二人から差し出された画用紙とクレヨンを受け取った。 せっかくだからとってもキュートなデザインにしてあげよう。だって武と隼人がこんなにも目を輝かせているのだから、とても思い入れが強いはずだ。 二人はハルの隣にお座りしてキラキラと瞳を輝かせた。 「“ツナ、お誕生日おめでとう”って書いて!」 「えー、俺は“じゅうだいめ”がいい」 「隼人しか呼んでないじゃん。おれは“ツナ”がいいなー」 「うーん…じゃあ両方書いてもらおうぜ」 「だなー。ハルせんせい、両方書いて…」 二人が相談している間、ハルは俯いてぶるぶると体を震わせる。 「だっ……誰の、お誕生日ですって?」 「だから、ツナだってぇ」 「じゅうだいめの誕生日、もうすぐなんだー」 小さな両手をあげてお日様の笑顔で答える二人に対し、ハルは固まる。大きな瞳をさらに真ん丸に開き、息を思いっきり吸い込んだ。――直後。 「沢田さんがお誕生日なんですかああああぁぁぁぁー!?」 ハルの悲痛な叫び声は園内中に轟いたという。 * * * ハルは迂闊でした…っ。まさかまさか、ツナさんのお誕生日が近かっただなんて! 恋人になってから初の一大イベントではないか。 本当に自分は彼のことを何にも知らないのだと携帯を握りしめながらごろんとベッドに横たわる。 (お誕生日もお仕事かもしれませんねー…) いつも忙しそうにしている彼と恋人として会える時間はとても少ない。休みはあってないようなもので、デートの計画は以前の食事会のように綱吉の予定が突然空かない限り皆無だ。仕事がかなり忙がしいようで、前もっての約束は難しいと聞いている。 となると、綱吉の誕生日だからと言ってハルから会いたいだなんて我が儘を言えるわけがなかった。 ハルは瞼を閉じる。綱吉と武と隼人とハルと四人、小さくてもいいから彼をお祝いできたらどれだけいいのだろう。 ケーキと美味しいご飯を囲んで、みんな一緒にお歌を歌って。武と隼人からあのイラストをもらった綱吉は涙ぐむかもしれない。二人まとめてぎゅーっと抱き締めてありがとう、大好きだよと可愛がるのだろう。きっと二人もくすぐったそうに微笑んで彼に抱きつき、おめでとうと言葉を贈る。 想像するだけでも幸せな気持ちがハルの中で広がった。それをそばで見つめていられるなら、ハルの胸はいっぱいになってしまうに違いない。 実現しない想像だけれど、思い描けば自然と笑みがこぼれだした。 ――RRR... 手にしていた携帯が震え、行儀悪く寝そべったまま待ってましたとばかりにすぐ電話を取る。 最近は決まってこの時間にコールがくるから、画面をみなくても相手は分かっていた。 「ツナさん、お疲れ様です」 『お疲れ様。いま武と隼人が寝たよ』 大好きな人の声は一日の疲れを吹っ飛ばして癒してくれる。ハルは彼の笑顔を思い浮かべてそっと瞳を細めた。 『そういや今日、保育園でなにかあった?』 「はひ?」 『チビたちが帰ってきてからずっとソワソワしてるんだよなぁ』 その状況がすぐに浮かんでハルはふふっと小さく笑う。二人がお絵描きの時間に協力して作った、綱吉が描かれた誕生日プレゼントは当日まで内緒にしておきたいのだろう。 「何かいいことでもあったんですかねぇ」 『あ、ハルまで内緒にするんだ?まぁいいけどさー』 ハルのもったいぶった物言いに彼が拗ねたみたいな口調になるから胸がキュンと高鳴った。教えてあげたいのは山々だけれど、彼らの今日の傑作は誕生日当日のお楽しみにしてあげたほうがどちらにとってもいいに決まっているし、ハルは緩みそうになる唇を引き締めてグッと我慢する。 『あ、そうだ。明日にでも園に連絡するつもりなんだけど、明後日から4、5日くらい武と隼人を連れて出張にいってくるね』 「出張、ですか?どちらまで」 『イタリア』 本来ならば綱吉は母に二人を預けるつもりだったらしい。向こうにいるおじいさん(子供たちが“9代目”と呼んでいた人物)が、綱吉が仕事をしている間は面倒をみるから子供たちも連れてこいと言いだしたそうだ。 4、5日というと綱吉の誕生日を挟んでいる。ハルはおじいさんの気遣いだと感じた。勝手に“9代目”は日本にすんでいるとばかりに思い込んでいたが、イタリアに生活拠点を置いていて尚且つあちこちに保養地を持っているらしい。話を聞く限りでは“9代目”は相当の大富豪のようだけれど。 イタリアで子供たちや“9代目”と一緒に綱吉の誕生日を祝うのかもしれない。誕生日当日に綱吉と会えないのは少し寂しい気もするけれど、多忙な彼のことを考えれば仕方がないと諦めもつく。 ハルは残念な気持ちが出ないように気を付けながら懸命に明るい声を出した。 「そうですか。気を付けて行ってきてくださいね!」 『ありがとう。お土産はなにがいい?』 「ハルのことは気にしないでください。元気で帰ってきてくれることが何よりのお土産ですから」 『たまにはハルの彼氏らしいことしてみたいんだよ。じゃあなんか色々探してみるな』 電話の声にハルは胸が熱くなっていく。 …そうやって、離れていてもハルのことを思い出してくれるだけですっごくうれしいんですよツナさん。 綱吉の気遣いが幸せな気持ちにさせてくれる。彼女なんだと自覚するたび、彼がそう主張してくれるほど、甘い気分に満たされる。 電話の向こうにいる綱吉が明るい口調で言った。 『で、今日の本題はここからです。出張から帰ったら3日くらい休みが取れるんだ。ハルの予定が空いてたら会えないかなって思ってさ』 「はひっ!?ハルはいつでも空いてます!!ツナさんに会いたいですっ」 園の送り迎えでほぼ毎日顔を合わせているけれど、それは保護者と保育士としてであって恋人との語らいには程遠い。 ハルは一も二もなく綱吉の提案に飛び付いた。 『良かったー。じゃあ帰国したら連絡するよ。あ、もちろん向こうにいてもメールとか電話は出来るだけするけど』 「はい!楽しみにしてますねっ」 おやすみなさいと言葉を交わして通話が切れる。 少し遅めの誕生日会をしてもいいかもしれない、とハルは思った。あちらでもパーティをするかもしれないけれどお祝い事は何回あってもいい。 綱吉と会うときはケーキを焼いて、プレゼントを用意して。楽しい計画が次々と沸いてきてハルの心は浮き浮きと弾む。 こんなにはっきりと予定が組めるなんて思わなくて言い様のない喜びが沸き上がってきた。 ふと、綱吉は海外出張があるような仕事なのかと電話を切ったあとに頭を過ぎる。 未だに彼がどんな仕事をしているのかハルは知らない。前に一度聞いてみたことはあるのだが曖昧に濁されてしまった気がする。 気にはなったものの、それ以上にデートの約束が嬉しすぎてハルはベッドの上でごろんごろんところげまわっていた。 * * * 調子のいいことを言っていたくせに、綱吉からの連絡は一向になかった。 ハルは彼の仕事が忙がしいのかと思い、当日にメールで「お誕生日おめでとうございます」と送ったのだが、その返事すらない。 メールをしてくれるって言ってたくせに、ウソツキ。 頭では理解しようと考えていても胸をつくムカムカはなかなか治まってくれなかった。 |