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□Happy*Sweet*HoneyMoon 2
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Happy*Sweet*HoneyMoon 2
<SAMPLE>




■sweet*spice!/おやま

現代へ戻ってくると、部屋には誰もいなかった。
バスルームから水音が聞こえてくる。ハルは立ち上がって、迷わずそちらへ向かった。
「獄寺さん!」
「うわっ!ハル、なにし…っ」
バン!と扉を勢いよく開けてハルは一歩進んだ。シャワーを浴びていた獄寺が慌ててハルを制止するのにも構わず、彼女は彼にしがみつく。
「ただいまです、それと昨日はごめんなさいでした!」
「わぁーった!分かったから、取りあえずココを出ろ変態!」
「ヤです!」
「ヤです、じゃねーんだよっ。こんなところでマトモに話できるか!お前だってずぶ濡れになってんし、こっちは全裸だっつーのこの痴女っ」
ハルは自分が濡れることも構わず抱きついた。獄寺に引き離されそうになり、それでも彼を離すまいと対抗していたら風呂場でもみくちゃになる。
結局ハルの抵抗もむなしく獄寺の手によって風呂場の外へ放り出され、ついでにバスタオルも頭の上にポイと投げられた。
「ったく、ゆっくりシャワーも浴びれねぇのかよ」
獄寺はバスタオルを腰に巻いて、ブツブツと口の中で文句を言いながら風呂場から出る。
初めて出会った頃から理解不能な行動を突飛にやる女だと思ってはいたけれど、相変わらず想像の斜め上をいくなと獄寺はおおげさなくらいにため息を零した。
「着替え取ってくるからそこで待ってろ。濡れた服は洗濯機にいれとけよ。帰るまでには乾いてっから」
苛立ちを隠そうとせず横を通り過ぎようとした獄寺の手首を、ハルが素早く掴んだ。彼女の艶やかな黒髪からポタポタと滴が落ちる。
顔に張り付いた前髪の隙間からは鋭く射るような視線を獄寺に向け、抑揚のない声でハルが言った。
「ひきょーもの」
「…なんだと?」
「そうやって逃げるんですか」
「なに言って――」
「あっちのハルとはえっちなことができても、今のハルとはできないっていうんですか」
不意をついたハルの発言に、獄寺は小さく息を飲む。
「なっ……!あ、ちが、あれは…っ」
――ほんの少し前までいた年上のハルと、確かにベッドを共にしていた。
たまたま流れでというかむしろ襲われていたのは自分の方だと言いたかったけれど、そんな言い訳は今のハルには届かないだろう。
言葉に詰まって反論してこない獄寺の態度を「yes」と捉えたハルは、一気に火がついたように大声で叫んだ。
「そんなのずるいですっ!ハル、向こうの獄寺さんに全部聞いたんですからね!?何なんですか獄寺さんのばか!アホー!はっ…ハルだって、獄寺さんとそういうことシたいって思ってたのに…っ。うらぎりものおおおぉー!」
ハルは小さな子供のように泣きじゃくってがむしゃらに獄寺を殴りつけた。とはいっても女子のチカラはそう強いものではない。獄寺は暴れるハルの両手首を掴んで押さえつけようとしたけれど、ハルはイヤイヤと体を捩って抵抗する。
「最後までシてねーし!つーかお前、自分がなに言ってるのか分かってないだろ!」
「わかってますよ、分かってるから言ってるんじゃないですか。昨日だって全然さわってくれなかったし!獄寺さんのヘタレ!」
人の気も知らないクセに好き勝手ばっかり言うなよ!
けんか腰なハルの言い分に頭にきた獄寺は苛立ちを隠さぬまま吐き出した。
「――…〜っ。だったらお前、マジでナニされてもいいんだなっ」
「望むところですよ!未来のハルが獄寺さんにシたこと、全部同じことシて上書きしてやりますからっ。ハルのほうが獄寺さんのこと大好きですもん!未来の自分になんか負けたくないんですっ」
眉間に皺を寄せて鋭い視線を向けてみても、ハルはそれ以上に大きな漆黒の瞳をさらに大きく見開いて彼を睨みあげる。
シャワーでかぶった水滴とは別の大粒の涙が次々にあふれて彼女の白い頬を濡らしていた。
獄寺は、ハルに泣かれるとどうしていいか分からなくなる。
向こうでなにを聞いてきたのか知らないが、余計な話をしたらしい未来の自分を呪いたくなった。
獄寺はわざとらしいくらい大きなため息を吐きながら髪をくしゃりと掻きだした。
「…わかった。だったらお前も風呂入ってこい。ベッドルームで待ってる。急に怖くなったりイヤだって思ったんならそのまま家に帰れ。ンなことで嫌ったりしねぇから」
手首を掴んでいた指が力なく離れていく。
そこでふと、未来のハルから「獄寺がナニを考えているか分からなかった」と言われたことを思い返す。言葉がたりなかったかと思い直して、ぬれそぼった黒髪にポンと手を置いた。
「あのなぁ、一応俺なりに気ぃ使ってやってんだよ。女の方が負担でかいんだし。つーか、ハルはずっとエロ嫌いだとか言ってたしそういうことはしないほうがいいのかと思ってた」
「――ぃ、です」
いつもは勝ち気なハルが、言いにくそうに目を伏せる。
「獄寺さんとならイヤじゃない、です」
だから向こうで待っててくださいと口の中で呟いて、ハルはそっと獄寺の肩を押した。




■その後のシンデレラ/文月 更紗

「隼人さ――…っ」
少し長めのキスから解放されて彼の名前を呼びかけたら、また角度を変えて唇を塞がれてしまう。
半開きの口からぬるりと侵入してきたのが相手の舌だと気づき、ハルはすでに閉じていたまぶたをさらにきつくつむった。しかし一方で、どこか冷静な自分が、これがディープキスというものかと納得していて、それがまた恥ずかしい。
「ん……ふ…ッ」
自分のものとは思えないような甘い鼻声が漏れる。それに反応したかのように獄寺の手がハルの背中を撫でた。
自分の舌と彼の舌――粘膜同士が触れ合う感触と背中への愛撫にぞわぞわと体の芯が震えるような感覚が走って、彼のシャツにぎゅうとしがみつく。
だめ。こんなの知らない。こわい。でも、気持ちイイ。
未知の体験に思考がまとまらない。何より息が苦しくて、どうやって息継ぎをしたらいいかも分からなくて、心身ともにいっぱいいっぱいになりかけた時だった。微かな振動音がして、ハルの胸元で何かが震えた。
突然のことに驚いて「はひょっ!?」と変な声が出た。ハルを抱き寄せていた獄寺にも振動が伝わったのか、渋々といった様子で顔を上げる。
これ幸いにと大きく息を吸いながらハルは自分の体をきょろきょろと見下ろした。
「な、何ですか?」
「俺の携帯だ。上着の胸ポケットに入ってる」
獄寺に言われて、肩にかけられていた彼の上着の内側を探ってみると確かに携帯電話があった。取り出して獄寺に渡すと、彼はディスプレイを見て
「なんだメールかよ」
と不機嫌そうに呟いた。邪魔されて面白くないのだろう。
ハルを左手で抱いたまま、獄寺は面倒臭そうに携帯電話を操作してメールを確認した。
「姉貴からだ」
獄寺の言葉にハルもついディスプレイに目を向けると、イタリア語でしたためられた本文が見えた。
『ハヤト?愛し合う二人が盛り上がるのは構わないけれど、いくら何でも外でコトに及ぶのは感心しないわ。パーティーが終わってお客様たちが会場から出る前に部屋へ戻っておきなさい。一階にある出入り口は知っているわね?そこなら会場から見られずに中に入れるから。それじゃ、ハルにもよろしく伝えてね。おやすみなさい。ビアンキ  追伸:ハルの荷物は貴方の部屋に届けてあるわ。素敵な夜を』
読み終わると獄寺は盛大にため息をつき、ハルは真っ赤な顔で口をぱくぱくと開け閉めした。
「なっ、何で…っ!?まさか、どこかに隠しカメラでも仕掛けられているんですかっ!?」
「アホ、んなわけあるか。アイツにはバレバレだってことだろ。チクショウ、あのクソ姉貴め、絶対に楽しんでやがる」
「そ、そんな…!ビアンキさんはエスパーなんですかっ?」
「そうかもな。ったく、しょうがねェな」
おざなりな返事をした獄寺はハルの手を掴んで立ち上がると、「行くぞ」と言って歩き出した。
来た道とは違う方向へ進む獄寺に引っ張られながら、ハルは戸惑った声を上げる。
「あっ、あの獄寺さん…っ」
「無理強いはしない」
獄寺は振り返らずに告げると、ハルに背中を向けたまま立ち止まる。
彼の言葉の意味するところや、このまま彼について行った先に何があるのか、それぐらいのことはハルにも解っていた。
それはつまり…。
怖くないと言ったら嘘になるが、それでも答えは決まっていたからハルは勇気を振り絞って答えた。
「十二時を過ぎても逃げないって言ったじゃないですか。それに、今夜のハルは獄寺さんのものなんでしょう?」
だから平気です、と震える声で伝える。獄寺はさすがに名前で呼ばれなかったことに文句を言わなかった。返事の代わりなのか、ハルの手を握る力が強くなる。
そのまま彼は再び歩き出した。

獄寺の部屋に着いたのはあっという間だった。と言うより、ハルはずっと目の前の背中だけを見ていたので、どこをどう通ったのか全く記憶に無い。ここがホテルのどの位置にあたるのかすら分からない。
室内はシンプルだが品の良い調度で揃えられていた。テレビ台の横の荷物置き場にハルが着ているドレスのブランドの紙袋が置かれている。おそらくあの中にハルの着替えや荷物が入っているのだろう。部屋の様子を観察しながらも、中央に鎮座している大きなベッドにどうしても視線がいってしまってどうにも落ち着かない。
「おい、上着貸せ」
「はひっ?」
急に話しかけられて思わず声が裏返る。
「あっ、ハイ!上着ですね。どうもありがとうございました」
ハルがぎくしゃくと固い動きで肩にかけられていた上着を渡すと、獄寺はそれをハンガーに掛けてクローゼットにしまった。そのまま彼はハルを避けて部屋の奥へと向かい、窓のカーテンを閉める。ネクタイを緩めつつ、携帯電話をなにやら操作したあと窓際に置かれていたテーブルにそれを放った。






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