■浴衣 戻ってきた綱吉は満身創痍だった。 「つ…ツナさん!?大丈夫なんですか、怪我は…っ」 「あーうん、平気平気。あははは」 頭を掻いてヘラリと笑う。そんな場合じゃないだろう、とハルは焦りにも似た怒りがこみ上げた。 「心配したんですよ!もう」 「大丈夫だって。ほら」 せっかく母の奈々に着付けてもらった男物の浴衣が少々乱れてしまってはいたが、両腕を開いた綱吉に怪我は見当たらない。 ハルはひとまず胸を撫で下ろして、額をコトンと綱吉の肩に預けた。 「良かったです…本当に」 「ハルは心配性だな」 「だって…!」 ハルが顔をあげた瞬間ちゅ、と耳に柔らかな温もりが落ちる。 手のひらで耳を押さえると、うっすら微笑んだ綱吉と目があった。 「騒ぎが大きくなる前に移動しようか?」 「は、はひっ」 そのまま肩を抱かれ、二人は神社を後にした。 ――今日は夏祭り。 偶然綱吉の休みが取れたことから、二人で夏祭りに出掛けていた。 この地域では一番大きな祭りだ。 「せっかくお出掛けするならお父さんの浴衣を着ていきなさいな〜」と奈々が半ば強引に息子へ着付けをして、 ハルもせっかくならと今年買った浴衣に袖を通してデートに繰り出した。 ボンゴレの激務に追われる綱吉といかにも恋人らしいデートなんて滅多になくて、ハルはここぞとばかりに浮かれていた。 祭りのメインである花火大会の時間が近づくに連れ、人がどんどん集まってくる。 離れないようにと差し出された大きな手のひらがハルには嬉しい。 ひとしきり出店を堪能して、休憩がてら近くの神社の境内に足を運んだとき、不審な輩がそこに溜まっていた。 こちらを見る目付きに不快感を覚える。 早々に立ち去ろうとして、ハルたちは声をかけられたのだった。 「心配しなくていいから」 綱吉はそう言ってハルを背中に隠すと彼らの前に出る。顔だけをハルに向け、後ろ手でハルをそっと押しやった。 「階段の下で待ってな」 相手は5、6人。全員酔っぱらっているようで顔が赤い。 いくらなんでも多勢に無勢では、ただでは済まないのではないかとハルに不安がよぎる。 それが顔に出ていたのか、彼はハルの不安を打ち消すようにニコリと笑い「危ないことはしないよ」と約束してくれた。 ――その後、境内の輩がどうなったかハルは知らない。 ただ浴衣が乱れた綱吉がのほほんと階段を降りてハルのもとへ帰ってきてくれたのだから、それだけでよかった。 遠くから花火が打ち上がる音が聞こえ、周辺に感嘆のざわめきが広がる。 二人は固く手を結んだまま人混みを掻き分けて逆行し、駅へと向かった。 「せっかく花火見に来たのに残念だな。…ハル、ごめんな?」 申し訳なさそうに眉を寄せた綱吉に、ハルは晴れやかな笑みを浮かべた。 セットアップした髪に差したかんざしが楽しげにゆらゆら揺れゆたび、光を乱反射してハルを煌めかせる。 「ツナさんのせいじゃありませんよ。それに、ハルはツナさんと夢の浴衣デートができただけでもすっごく嬉しいんです!」 「あはは、なんか安い夢だなぁ。いつでもできるじゃん」 「そんなことありまーせーんー。だってツナさん、忙しいんですもん。頑張ってる姿もハルは好きなんですけどね、こうやっていかにもな場所へデートするのって実は憧れてたんです」 これは本音だった。 面倒に巻き込まれてしまったけれど、こうして夏祭りの雰囲気を味わえただけでも充分に価値がある。 彼はきっと久しぶりの休日で休みたいはずなのに、怨み言ひとつ言わないでハルに付き合ってくれた。 その気持ちがなにより嬉しい。 「普段はハルに我慢ばっかさせてるもんなぁ…。花火は無理だったけどさ、ほかにしたいことがあればやろうよ」 「ホントですか!?ハル、プリクラ撮りたいです」 「おおー、ゲーセンって久し振りだ。行こう行こう」 「ちょっとツナさん、ゲームするんじゃないですよ?」 「あはは、分かってるって。他にしたいことはない?」 「どこかぶらぶら歩きましょうか。腕組んで、ツナさんと一緒に浴衣で街を歩きたいです」 「――他は?」 ハルは言葉に詰まった。優しく微笑みながら繰り返す問いかけの真意。 綱吉の琥珀色の瞳が深みを増した。そこに何を期待されているか、ハルには分かってしまったから。 …それを女の子の口から言わせるんですか。 頬がかぁっと火照る。 口を尖らせて少し睨んでみても、綱吉にニッコリ笑顔で受け流されてしまった。 「…朝まで一緒にいてください」 「了解」 待ってましたと言わんばかりの綱吉の笑顔が嬉しいような、恥ずかしいような。 けれどどこかで期待していた自分もいて、それ以上なにも言えなくなるハルだった。 fin. |