マスターコースはじめました。

□マスターコースはじめました。
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保養所での日々を終え、ぼくは真っ先に社長室に向かった。
「シャイニーさん、これはちょっとあんまりなんじゃない?解散だなんてさぁ。まだ彼ら若いんだし」
「Mr.コトブキ、そんなに心配ですか?」
「別にそうじゃないけどー?可愛い後輩が悲しむのは見たくないじゃない?」
「この世界、負けて残れるような甘いもんじゃありましぇーん。実力が全ての全て。後輩を信じられないのでぇすかぁ?」
信じられないわけじゃない。
いや、信じたいと思う。
でも、なんだろう。
この胸に突っかかるこの感じ。


・・・・・・・・・


新聞の特集を見ながら、盛り上がる後輩を見ながら、笑みが零れる。
「本当前向きだよね」
「ふん、そんな簡単に勝てるような相手かよ。これであいつら解散だな」
蘭丸が睨みつけて低く唸る。
「あれー?ひょっとしてランランさーびすぃーのー?」
からかうと蘭丸の目がますます鋭くなった。
「寂しくなんかねえよ」
「もう、素直じゃないんだーからー」
「黙れ」
「でも、ST☆RISHが勝てる確率は…50%」
藍の出した確率にカミュが反応する。
「思ったより高いではないか」
「五分五分ってとこか…」
ほんの少し不安が胸を過った。


・・・・・・・・・


「レイジ先輩」
片言の発音で名前を呼ばれ振り返ると、セシルが立っていた。
「どうしたの、セッシー?」
そういえばこうやって面と向かって彼と話すのは初めてだ。
「楽譜、ありがとうございました。とても、嬉しかった」
「あはは、もうミューちゃんバラしちゃったんだ。気にしなくて良いよん。ぼくがしたくてやったことだし」
自己満足になってもいい。
そう思ったから。
「あれのおかげでワタシはST☆RISHになれた…感謝してもしきれない」
「だから気にしないでってば、セッシーは素直だね」
こうやって話すと、なんとなく雰囲気が音也に似ているな、と思った。
すると、ふとセシルがぼくの目を見つめた。
「アナタは…何か深い闇を抱えていますね…過去の過ちやしがらみ…後悔と懺悔に心が傷付いています」
「え」
唐突にそう言われて、言葉を失う。
そういえば、前音也がセシルは占いみたいなのができるんだとはしゃいでいた。
「そして、アナタは今もある人を見る度に心が抉られるような気持ちになる…だから目を逸らしている」
その言葉で真っ先に思い付いたのは、美風藍だった。
愛音によく似た彼をぼくはまだ一度もちゃんと見れない。
あれ、どうしてだろう。
視界が歪む。
ダメだ。
これ以上は聞いちゃダメだ。
「アナタは本当は今すぐにでも逃げ出したいと思っている…世界から、光から逃げ出したいと…」
「っおい、それ以上何も言うな」
蘭丸の地の深くから響くような怒声が空気を変えた。
セシルがビクリと震える。
「セシル、早く出てけ…」
蘭丸の剣幕にセシルは慌ててごめんなさいと謝って出て行ってしまった。
「嶺二、しっかりしろ」
肩を揺すられ、漸く呼吸を止めていたことに気づいた。
「っランラン」
震えていた手足が力を完全に無くして床に座り込んだ。
「今は何も訊かねえ…でも、ちゃんと話せ…いつになってもいいから」
初めて聞く優しい声音にただただ頷くだけだった。


・・・・・・・・・


嶺二が立ち去って、俺はやり場の無い気持ちを持て余していた。

“アナタは…何か深い闇を抱えていますね…過去の過ちやしがらみ…後悔と懺悔に心が傷付いています”

“そして、アナタは今もある人を見る度に心が抉られるような気持ちになる…だから目を逸らしている”

“アナタは本当は今すぐにでも逃げ出したいと思っている…世界から、光から逃げ出したいと…”

嶺二が抱える闇も心を抉る人物も俺は知らない。
それになぜか苛立ちが隠しきれない。
「なんだってんだ…」
知らなくても良いだろ。
知ってどうする。
何ができる。
「俺が無力だってこと位分かってるだろ」
だから財閥を失った。
父親を失った。
仲間に裏切られた。
なのに、なんであいつのことになるとこんなに悩んじまうんだ。


・・・・・・・・・


うた☆プリアワード当日、乗り気ではなかった黒崎を半ば引っ張るようにして会場へ向かう。
この数日、俺たちの中で変化が起きつつあった。
美風は後輩達を心配する素振りを見せ、黒崎は以前よりも後輩達をよく気にするようになった。
俺も知らず知らずの内に後輩達に惹きつけられるようになった。
全てはあの日に聴いた歌が関係している。
寿もそれを知ってか知らずかユニット活動を増やしてもらおうと提案してくるようになった。
“ぼく達4人ってさ、意外と相性良いと思うんだよねぇ。”
何を見てそう思うのか分からないが、彼奴のことだ。
何か考えるところがあるのだろう。
「楽しみだね、皆」
寿が満面の笑みで俺達を見る。
「別に。先輩として見届けるだけでしょ?」
「そんなこと言ってー、アイアイずっと後輩達に付きっきりだったでしょ?ドキドキしてるんじゃない?」
「あり得ないね」
美風と寿の会話を見ていて、あることに気付く。
寿は美風を見ていない。
ほんの少し視線がズレている。
“いや…ランマルはちゃんと見てもらえるんだと思って”
保養所での言葉を思い出す。
美風自身気付いている。
寿が美風を見ていないことを。
しかし、何故人との繋がりを大切にするこの男が美風を見ない。
何か特別な理由があるのか。
「おい、寿」
「ん?なに?」
視線が俺の瞳に移る。
しっかりと俺を捉えている。
「貴様、何故」
「始まるよ、静かにして」
問いかけを美風の言葉が断ち切る。
少し恨めしく思ったが、当の本人が断ち切ったのであれば、文句の言いようはない。


・・・・・・・・・


こんな歌があるのか、魂を激しく揺さぶる歌が。
呆然とステージを見つめる。
何が起きたのか分からなかった。
今俺は俺達は、ここにいたのか?
どこか違う場所に連れて行かれたようなそんな感覚。
HE★VENSも勿論技術が劣っていたわけでは無かった。
だが、それでもこれは雲泥の差と言える。
それほどにあいつらの歌は飛び抜けていた。
「っ」
会場が静まり、次の瞬間歓声が上がった。
心臓がバクバクと鳴っている。
歌いたいと俺の中で叫んでいる。
席を立つと、嶺二がランランとこちらを見た。
「どこ行くの?表彰式がまだだよ」
「こんなライブ見せられてじっとしてられっかよ」
「え?」
「やるなら、中途半端はねえからな」
「え、何が?」
とぼけてんのか気付いてないのか、俺は唸って嶺二を見た。
「QUARTET NIGHTに決まってんだろうが」
その言葉に嶺二の顔が綻ぶ。


・・・・・・・・・


「いやー、凄かったね。あんなの初めてだったよ」
るんるん気分で、寮に戻り久しぶりに4人で食事をした。
「てかてか、ランラン。あの言葉、本気として受け取っていいんだよね?」
「なに、ランマル何か言ったの?」
藍が手に取っていたピザを置き、蘭丸を見つめた。
「QUARTET NIGHTの活動を増やすって話!ね!」
ぼくが笑いながら言うと、カミュと藍がはあ?といった表情になった。
「黒崎、頭がわいたか」
「ランマルがそんなこと言うなんて嵐の前兆じゃない?」
「お前らっ…!」
蘭丸ががたんと音をたてて立ち上がる。
「まあまあ、それで?2人はどう思う?活動増やすこと」
すると、カミュも藍もそれは…と口を開く。
「付き合ってあげてもいいよ…興味がわいた」
「愚民共に先を越されたとあっては俺のプライドが許さんからな」
素直じゃないんだからと笑みが零れる。
「じゃあ、早速シャイニーさんに報告だぁー!」
「おい、こら待て!」
「まったく、猪突猛進だね」
「少しは年相応の落ち着きを持て」
駆け出すぼくに続いて呆れながらも3人が付いて来る。

こうしてマスターコースを無事終えたぼくらは後輩達とはまた違った新たなスタートを切った。


四重奏が響くにつづく。
 

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