マスターコースはじめました。
□マスターコースはじめました。
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マスターコースが始まって早数日。
後輩達は自分達の力で頑張ると宣言した通り、日々精進している。
「しっかし…うた☆プリアワードねえ…」
何の因果か、彼らはうた☆プリアワードのノミネートを目指すこととなった。
それは奇しくもぼくらが獲れなかったタイトル。
「ん、誰かと思えば貴様か」
「あらら、ミューちゃん。お疲れちゃーん」
大広間のソファーでゴロゴロしていると、カミュがふんっと鼻を鳴らした。
「暇そうだな」
「だってーせっかくみっちり指導してあげようと思ってたのに、パァになっちゃったしぃ」
不貞腐れると、カミュはソファーの肘掛けに座った。
「貴様の時は違ったのか、寿」
「ランランの言葉借りれば、人に頼ってこの世界生き抜こうとしてましたー」
そう、蘭丸が言っていたことが少し胸に閊えている。
人の力に頼ろうなんざ、この世界生き残れねえよ、ね。
ぼくは龍也先輩に甘えた。
マスターコースが終わっても。
公私混同して。
「それでも貴様はここでアイドルとしている。だから監督役に選ばれたのであろう?」
カミュは不敵に微笑んだ。
いつもとは違う、温かい声音。
「…ありがと」
認めてもらってると分かり、少し元気が出た。
「そうそう、さっき現場で美味しいお菓子貰ったけど食べる?」
「紅茶も付けろよ」
はいはい、と笑い、部屋に向かった。
「何が無念を晴らすだ…いちいちムカつく言い方しやがって」
廊下を歩きながら、ぶつぶつボヤいていると、ランラーンと声が聞こえた。
「ねえねえ、今からぼくとお茶しない?」
「殴んぞ」
ばちんと音が付きそうな位キザなウインクを手で払い、睨むと嶺二が眉を下げた。
「愚民など放っておけ、菓子の取り分が減るのは不快極まりない」
後ろから澄ました顔でカミュが俺を見る。
「でもでも、皆で食べた方が美味しいよー」
「俺と2人きりでは不満か?」
「いやいや、そうじゃないけど」
2人が話し込む中、俺は心中穏やかではなかった。
菓子付きだと…それ先に言えよ。
つか、今から行くって言えねえだろ。
くっそこの砂糖漬け貴族、そこまで分かっていてあえて俺の前で菓子があることを示すとは…相変わらずイイ性格してやがる。
俺が悶々と考え込んでいると何してるの?と後ろから声をかけられた。
「あ、アイアイ!ねえねえお菓子食べない?珍しいお菓子なんだけどー」
嶺二は藍を見つけると、藍に抱きつき、ねえ〜と懇願している。
「珍しいお菓子…興味があるね…いいよ、特別に付き合ってあげる」
「やったー!じゃあ、ランランも食べよう!ねっ?」
藍が了承すると、嶺二は俺に笑いかけた。
「…そこまで言うなら、食ってやる」
返事をした後、気を遣われたのだと気付いた。
俺が意地を張って今更行くとも言えないと分かっていたから、藍を誘い他のメンバーもいるんだからというように俺を誘導した。
馬鹿みたいに騒がしいやつだが、人のことをよく見ている。
アイドルとしてだけじゃない、人として良くできた奴。
だからなのかもしれない。
一度視界に入ると、目を離すのが惜しいと思ってしまうのは。
・・・・・・・・・
「翔たん良かったね、憧れの龍也先輩と共演なんて」
「変に緊張して失敗しなきゃいいけどね」
藍が溜息を吐いてお菓子に手を伸ばす。
「うた☆プリアワードもかかってるからな…プレッシャーに押し潰されるかもしれん」
「そん時はその程度だったってこったろ」
男4人でミルクレープを食べるのは些か絵的にどうかと思うが、そんなこと気にしてられない。
「んもう、皆もうちょっと応援するとかしなよね…アイアイ、ミルクレープ美味しい?」
「初めて食べたよ、見た目はミルフィーユみたいだけど、生地がクレープ生地になってるんだね…興味深いね…」
藍がまじまじとミルクレープを見つめる。
「珍しいか、ミルクレープ」
「アイアイは意外に世間ずれしてるからねー、パンケーキでも珍しがるかも」
嶺二がくすくすと笑い、紅茶おかわりいる?とこちらを見た。
「いや、つかお前食わねえのかよ」
「んー、現場でも食べたからねー、ランラン食べる?」
差し出された皿を持ち頷くと召し上がれと笑った。
「ミューちゃん、お砂糖足りてる?」
「まあ、これ位で今日は我慢してやろう」
これ以上入れたら紅茶なのか砂糖なのか分かんねえだろ。
そういえばこうして4人で一緒に何かを食べるというのは初めてかもしれない。
何年も事務所にいてユニットも組んでいるってのにまさか交流がこんなにも無いとは思ってなかった。
もしかして。
「なぁ、嶺二」
嶺二を見ると全て悟った。
心底嬉しそうに笑っている。
最初から4人で食べるつもりだったのだろう。
「皆で食べると美味しいね」
人との交流を好む嶺二らしい言葉だった。
素直に笑うこいつを初めて見たと気付くのは、もう少し後になる。
つづく。